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「そういやアンタ、アレ買わないの、あのゴツいやつ、ARKS−2122だっけ。カタログ見てたよね。買ったらあたしにも試し撃ちさせてよ」
 ゴージャスな内装の廊下を、場にそぐわない頑丈なブーツで踏みしめながら、梨香が振り返って言った。
「うーん、興味はあるけど。あれはオレには重過ぎるかなって。銃身が長い分、弾道は安定するかもしれないですけどね。まあ、オレはコイツでも外さないですし」
 コツコツと愛用の銃を叩いて、当真が肩を竦める。
「ち、軟弱野郎め。買っちゃえよ、金もってんでしょ」
「それは、自分が使いたいだけじゃないんですか。……だいたい軟弱って。標準以上ですよ、生身の男としては」
「だから、さっさと付け替えちゃいなって」
 梨香は自分の機械の手足を振って示しながら、にやにや笑った。その手足の装甲にも、先ほど襲撃されたときの弾痕がいくらか残っている。普段は本物の皮膚と見分けがつかないが、いまは傷跡が、無機質な金属の色を覗かせている。
 当真はその代わりに、血の滲む幾つものかすり傷を頬や腕に作っていた。ごく小さな傷だが、銃弾の掠ったあとというのはタチが悪い。
「生身の楽しみがなくなるのがイヤなら、消化器系とアレだけ残せばいいじゃん」
「女性がそういうこと言うの、やめてもらえますか」
「なにアンタ、ゲイだなんて言ってるけど、実は女に夢見すぎてるだけじゃないの」
「オレの嗜好のことは放っといてください」
「……君たちはいつもこんな調子なのかね」
 下品な会話に耐えかねたように、依頼主が苦々しく呻いた。見るからに上等そうな背広の裾が煤け、袖口が焦げている。大規模な襲撃にあったショックからか、顔色が悪い。
「ええ、まあ、大体」
「それにしても、こんなところで守衛ロボットの大群に襲われるなんて、尋常じゃないね。社長サン、アンタどんな恨みを買ってるわけ?」
「梨香さん」
 当真に咎められて、梨香は肩を竦めた。
「ハイハイ、アンタはうるさいねー。ただの世間話だって。依頼人の秘密は守るし、話してもらえなくったって、キッチリ仕事はしますよ。……っと、社長サン、そこ気をつけて」
「ああ。ところであの女性は……本当に、置いてきてもよかったのかね」
「ウェンディなら、殺しても死なないから気にしないで」
「梨香さん、あれ」
 当真に呼びかけられて梨香が視線をずらすと、廊下の先、柱の陰になるような位置に、背広の死体が一つ落ちていた。
 見覚えのある顔だった。社長がショックを隠しきれない様子で、遺体に駆け寄る。
「マーク……」
 遺体の顔は、まだ若い。この社長が連れてきていた秘書だった。さっきから姿を見ないと思ったら、こんなところで死んでいたとは。梨香は口笛を吹いた。
 マーク青年の亡骸は、刀のようなもので首を落とされている。額に、人を小馬鹿にしたような少女趣味の飾りテープで、愛らしいクマのマスコットがプリントされたメモが留めてあった。
“命を惜しめ”
「警告らしいですよ。趣味がちょっとばかりアレだけど」
「こういうのは警告じゃなくて、脅しって言うんだよ。イカレてるなあ、せっかくの可愛いクマさんが、血みどろじゃん」
「命ねえ。遺書でも書いておきますか」
「いいけど。生き残っても、責任持ってあたしが皆の前で朗読するから」
「……やめときます」
 軽薄なやりとりをする二人の背後で、社長が蒼白な顔のまま、じっと遺体の首を見つめている。
「えらい綺麗な顔の秘書だとは思ったけど、もしかして愛人だったのかな」小声で梨香。
「不謹慎ですよ」
 当真は眉を顰めて嗜めながらも、視線を忙しなく動かして辺りの様子を伺っている。
 今のところ、近くに敵の気配はない。梨香は青年の首の切断面をじろじろと眺めた。それにしても、銃でズドンならまだしも、刃物で首を落とすなんて、どういう相手だろうか。
「ところでさ、さっきから、全然人とすれ違わないけど。こんな大きな会社でそんなん、アリ?」
 梨香が眉をきつく顰めつつ聞くと、当真はしれっと肩を竦めた。
「まあ、何か適当な口実を設けて、人を避難させてるんじゃないですか」
「……なら、そろそろ来るよね」
「来るでしょうね」
 まるで二人の会話のタイミングを見計らったかのように、かすかなモーター音が響いた。げ、と梨香が下品な声を上げて、社長の腕を掴む。
「ここは危ない。心中お察ししますが、急いでください」
 当真が少しも真情の籠もっていない調子でそういうと、自分だけさっさと廊下の柱の陰に体を隠した。
 社長が呻いてのろのろと身を起こしかけたが、梨香は依頼主が立ち上がりきるのを待たず、強引に腕を引いて、当真のいる陰に押し込んだ。梨香自身が入る隙間はない。隠れ場所を見つける前に、天井の装飾がスライドして、奥に真っ黒な銃口が覗く。
 ダダダダと、ひどく原始的な音をたてて、鉛の弾が飛んでくる。弾丸は梨香の体に景気よく命中して金属音を立て、肌色の装甲を引っかいていく。
「あいたたたたた」
 呑気な悲鳴を上げながら、梨香は体を捩って、装甲の弱い部分だけを庇った。銃弾の雨の隙間から、廊下の様子を見渡す。
「てて、遠隔だな。いたたた、レーザーガンよりいいけど、けっこう痛いよコレ、畜生、いい弾使ってんなあ。……お、当真、あれ。多分監視カメラだ、あれ撃て!」
「どれです!」
「ライトの脇! 花の形した小さいやつ」
 言うなり、無言で当真が次々に銃の引き金を引いた。一発でひとつずつ、ど真ん中を射抜いていく。いくつもあったカメラが全て沈黙しても、しばらくの間は惰性のように銃弾が続いたが、やがてはそれも止まった。
 少し待って、次弾がこないことを確かめると、当真が依頼主の腕を引いて柱の陰から出てきた。自分の安い背広の上着を脱いで、梨香に投げて寄越す。
「サンキュ」
 梨香はぼろぼろになった服の上に背広を着こんで、肩を回した。
「どうして背広ってのは、こう動きにくいのかね。男の戦闘服なんじゃないの?」
 梨香はぼやくと、傷跡だらけになった金属の肌をさすった。「あー、参った。塗装代も馬鹿にならないってのに。なんでオフィスビルの廊下にこんなもんがあるかなあ……社長サン、跳弾は大丈夫だった?」
「ああ……」
 社長は呻いて、ぼろきれのようになったマーク青年の遺骸の方を見た。
「ったく、ここまで物騒な話だとは聞いてないよ。追加料金の交渉もしたいところだけど……また追撃がありそうだから、さっさと出よう」
「分かった」
 社長はもう一度だけ秘書の成れの果てに視線を向けると、一瞬、黙祷に似た仕草を見せて、今度こそ機敏に立ち上がった。


 黙り込んでしまった依頼人が、沈鬱な表情で黙々と歩いているのを全く気にとめず、梨香と当真は馬鹿話に花を咲かせていた。もちろん周辺の気配を探るのは怠らない。
「それにしてもアンタ、その柄しかなかったの?」
 当真のネクタイに、前衛的なデザインが踊っているのを指で差して、梨香は呆れ顔になった。柄が細かくてよく見ないと分からないが、ガスマスクをあしらった模様を横切るように、「あなたとファックしたい」というような意味の英語が書かれている。
 当真は顔を顰めて何か言おうとしたが、その前に、人間にしては重い足音が行く手に響いた。
 当真がためらわず引き金を引く。廊下の端から顔をだしかけていた戦闘用らしいロイドの喉もとに、まっすぐに銃弾が吸い込まれていった。
 ひゅう、と梨香が口笛を吹いた。「さすが」
「どうも。……なかったんですよ、不幸なことに。買うヒマなんかなかったじゃないですか」
「ならせめて、誰かに借りるとかさ」
 梨香も、軽口を続けながら、レーザー銃で天井のカメラを撃った。同じ仕掛けがそこらじゅうにあるとは思いたくないが、念のためだ。当真のようにきれいにど真ん中とはいかないが、光線は確実にカメラを捉えていった。
「ヴァンも東堂も、そもそもネクタイなんて持ってませんよ。大体オレは今日、オフのはずだったのに、人が寝てるところにいきなり部屋のロックこじ開けて入ってくるんだから、あなたたちときたら」
「悪い、悪いって。東堂が急に腹下して部屋でくたばってさえなけりゃ、今ごろ優雅なオフを満喫してもらっててよかったんだけどさ。……っていうか、なんでアンタそんな柄のネクタイ持ってたのさ」
「自分で買うわけないじゃないですか。あいつらの悪ふざけですよ」
 言い合ううちに、廊下の突き当たりに出た。エントランスには来たときに使ったエレベータがあったが、閉じ込められたら何があるか分からない。三人は従業員用らしい階段室を見つけて、中にもぐりこんだ。
 階段は、華やかな廊下の内装とは打って変わって薄暗く、味気ないペンキ塗りの壁に、ところどころ無骨な監視カメラや通信端末がのぞいている。
「……そういやアンタ、ヴァンは口説かないの? 何かのときに、好みのタイプだって言ってなかったっけ」監視カメラを撃ちながら、梨香。
「さっきの話題のいったいどこから、その話を連想したんですか。……とっくにふられてますよ、だいぶ前に」
 弾を込めなおしながら当真が肩を竦めたとたん、壁が開いて、蜘蛛に似た形の守衛ロボットが這い出してきた。その中心に、当真の速射で鉛弾が二発ずつ刺さる。鉄色の蜘蛛は、きしるような音をたてて動かなくなった。
「なんだ、そうだったのか。悪いこと聞いたね」
 目に付く監視カメラを打ちつくしたところで、梨香のレーザー銃のエネルギーが切れた。予備カートリッジはあるが、チャージに数分かかる。梨香は舌打ちして銃をホルスターに仕舞い、懐から実弾入りの拳銃を出した。
「いや、それはいいですけど……梨香さんは、この間の彼女とはどうなったんです」
 当真が懐からカートリッジを出して装填する間に、梨香がさらに二体の蜘蛛を撃つ。三体目をなかなか仕留めきれずにいる間に、当真が弾込めを終えて、あっさりと留めを刺した。
「あー、なんかね。仕事やめてくれって、懇願されちゃって。生きて帰ってくるかどうか、毎度心配すんのが耐えらんないってさ」
「そりゃ、普通は恋人が危ない仕事についてるのはいやでしょうね。『あたしと仕事、どっちが大事なの』ってのとは、また話が違いますから」
「アンタ、そんなセリフ言われたことあんの? 男に? 女に?」
 蜘蛛の残骸を蹴り飛ばしながら、梨香。
「どっちでもいいでしょう」
「……なあ、この蜘蛛、GSS社製だよな」
「ですね。前に見たことがある」
「こんな簡単に人を襲う守衛ロボットがあっていいわけ? 普通さ、たとえ強盗相手にだって、もう少しセーフティってもんが適用されるはずじゃないの」
 嫌そうに顔を顰めて、梨香がぼやいた。蜘蛛型も人型も、警告ひとつ寄越さずに、実弾の照準を三人の額に合わせてきた。普通の守衛ロボットなら最初は警告、次に麻酔銃か弱めに設定したスタンガン、実弾やレーザー銃を使うにしても、手足に向けてくるのが一般的だ。けれど、今日、応接室で襲ってきた守衛ロボットからも、逃走中に追いかけてきた方も、一度も警告は告げてこなかった。あのクマのメモが唯一の警告といえば警告だ。
 当真は顔色ひとつ変えず、しれっと頷いた。
「そうですね。腕のいい技術者を雇って改造させてるのかな」
 三人は上下を警戒しながら、階段を下りはじめた。
 どこか遠くの上階から銃声が響いて、梨香はちらりと視線を向けた。かすかな音だったが、ウェンディの愛銃の発砲音であることを、梨香の耳は聞き取っていた。ちゃんと生き延びて、逃走にとりかかったらしい。
 階下から弾丸が飛んできて、梨香以外の二人が体を伏せる。
「そうじゃなかったら、GSSが“特別製”をこっそり作ってるか……」
 梨香は言いながら、手すりを飛び越えた。落下中に懐からチャージの終わったレーザーガンを抜いて、一階分下の踊り場に着地する。ほとんど全身を機械化している梨香の体重を受け止めて、床が盛大に砕けた。
 梨香は相手の撃ってくる弾を装甲で弾きながら、人型の守衛ロボット二体の喉を撃ち抜いた。
「悪い、背広に穴あけちゃった。……見てよ、これもGSS製品だ」
 当真が下りてきて、動かなくなったロボットを蹴って引っ繰り返し、背中の表示を確かめた。
「会社のエンブレムが削られてる。けど、間違いないですね、装甲からすると」
「あーやだやだ、いらないことに気付いたら、あたしら、この仕事がひけてからもGSSにつけ狙われるんじゃない? 見なかったことにしよう」
「――気付かなかったふりが、通用するといいんですけどね」
 当真は階段の上を見上げて言った。ただでさえ足音の響く階段に、銃弾の飛び交う合間の会話だ。必然的に大声になる。会話を誰にも聞かれていないと思うほうが、無理な話だった。
 さらに三体の守衛ロボットを蹴散らすころ、ようやく階段が途切れた。
「さて、ようやく一階ですよ」
 当真が肩を竦めて、分厚い鉄の扉を指差した。それから振り返り、ぐったりと疲れた様子の依頼人に向かって、何気ない仕草で銃口を向ける。
 ぎょっとしてのけぞった依頼人の、血の気の失せた頬を、あとほんの少しで掠めそうな弾道で、当真が撃った鉛弾が、階上に姿を見せた人型の喉もとに突き刺さった。
「……さて、社長。契約は今週だけの予定でしたが、今週中に禍根が絶てなかった場合は、契約延長していただいたほうが、お互いのためにいいように思いますが。どうされますか」
 扉を開くと、さっと白い光が飛び込んできた。さすがに、路地からガラス越しに見えるロビーには、戦闘用ロボットの類は見当たらなかった。外の通りには野次馬が集まり、その後ろには忙しなく通行人が行き交っている。
「ようやく安全地帯、かな?」
 梨香がそうにやりとして、背後を警戒しつつ、銃をホルスターに突っ込んだ。当真も社長の横について、油断なく人混みに視線を向ける。
「ぜひお願いしたいところだが、ひとつ条件が……いや、頼みがある」
 乱れた髪を手櫛で撫で付けて、依頼人は力なくそう言った。
「はい、なんでしょう」
「仕事中は、もう少し真面目なふりをしてくれないか」
 梨香と当真は顔を見合わせて、苦笑した。
「これは失敬」
「そいつは追加料金が必要かもね」


(終わり)     前編「フェイク」    続編「弾丸の雨を縫って」

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必須お題:「遺書」「見なかったことにしよう」「ふられてますよ」

縛り:「ジャンル:近未来」「登場人物が全員同性愛者」

任意お題:「ガスマスク」「あなたとファックしたい」「それは、自分が使いたいだけじゃ」


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