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「ったく、手間ァ取らせてくれる」
 女はアンドロイドの残骸を蹴飛ばして、レーザーガンを放り捨てた。どうせ奪ったものだし、エネルギー残量はゼロに近かった。
 絨毯は焦げ、シャンデリアの半分は焼け融けて、無残な姿を曝している。
 依頼主に随伴した商社の応接室で、守衛アンドロイドの大軍に襲い掛かられたのは、護衛の仕事を引き受けた翌日だ。破格の報酬にはウラがあるだろうとは思ったが、それにしても物騒なことだ。
「さあて」
 女は舌なめずりして、視野に外科手術で焼き付けられたインターフェイスを起こした。通信機の起動アイコンを視線でキック。音声ONLY。「――おい、ヴァン」
『――ウェンディ。大丈夫か』
「誰だと思ってる。……社長サンは」
 ウェンディは訊ねながら、足元に転がるアンドロイドたちの手から、まだ使えそうな武器を剥がし、点検しはじめた。
『無事だ、リッキイ達が逃がしてる。――おまえ、前に音声通信かけてきたと思ったら、頭からダラダラ流血してただろ』
「視界を遮るのが嫌なだけさ、かすり傷ひとつない。――今から脱出する」
『おう、気をつけろよな』
 瞬間、嫌な予感がして、ウェンディは無言で通信を切った。微かな物音。壊された扉の向こうに、嫌な気配がする。
 ウェンディはレーザーガンを放り出す。使い慣れない他人の銃では頼りなかった。足場の広い場所へ飛びのき、ホルスターに手を伸ばす。修理から上がってきたばかりの愛用の銃。
 まず、切っ先がぎらりと覗いた。ウェンディは目を瞠る。刃に続いて出てきたものは、少女の姿をしていた。耐衝撃スーツを纏い、短刀を手に踏み込んでくる。無造作なようで、隙のない足取り。
 ひゅう、と口笛を吹いたウェンディの背中を、冷や汗が伝う。「お嬢さん、お名前は?」
 少女は答えず、足を止めて凶刃を構えた。それがただの刀ではないことを、ウェンディは知っていた。
 時間稼ぎに、ウェンディは口を開いた。
「タイプ09接近戦仕様、<オフェーリヤ>。軍事用だね、あんた」
 少女型のアンドロイドは、つまらなさそうな表情をした。「あなた、どこの傭兵? 素直に答えてくれると、手間が減って助かるのだけれど」
 声には、うんざりした響きが混じっていた。ウェンディは顔では不敵に笑いながらも、内心では唾を吐き捨てた。やんなるな、最近の軍事兵器には感情回路までついてやがる。
「戦争屋と一緒にしないでくれ。ただの用心棒さ」
 後ろ手に銃把を握り締めて引き抜きながら、口笛を吹く。手のひらがベストフィットだった。さすがは<バトラー>、すっかり元通り、絶妙なバランスだ。敵に集中する脳ミソの片隅で、旧友への礼を呟く。
 こちらの出方を伺って、オフェーリヤは動かない。ウェンディは慎重に重心を移動して、拳銃を構えた。
「後学までに知りたいんだけど」醒めた口調で、少女が聞いてきた。「そんな骨董品で、どうするつもり」
「色々試してみて、これが一番いいんだ。機能だの性能だの、そんな薄っぺらいもんよりさ」言葉を切り、撃鉄を上げる。「愛だぜ、愛」
「……馬鹿?」
 冷たい目で睨まれて、ウェンディは笑った。「まあそう言ってくれるな、お嬢さん」
 少女が問答に飽きたように、体重を移動させるのが見えた。けれど予想通り、すぐに踏み込んでは来ない。ウェンディはにやりとした。攻撃する瞬間が最大の隙、セオリー通りに待ってやがる。
「知ってるか? 人間その気になりゃ、こんな時代遅れの代物で、どんなバケモノにだって立ち向かえるんだ。――相手が科学技術の髄を凝らして作り上げられた、軍事用でもさ」
 べらべらと喋りながら、ウェンディは少女の体重移動を目で追った。分析、予測、そういうのはコンピュータだけの専売特許じゃない。回路の伝達速度が落ちる分は、勘でショートカットだ。
「必要なのは勇気、ただそれだけさ」
 ウェンディが引き金を引いた瞬間、オフェーリヤは身体を捻り、弾丸を楽々と避けると、無茶な加速で飛び掛ってきた。
 ウェンディも最初から当てるつもりはなかった。撃つや否や反動を逃がしながら足で床を蹴り、上体を捻って白刃をかわす。擦れ違いざまに足を引っ掛け、仕込みブーツの踵で電撃を食らわそうとした一瞬、無茶苦茶な制動で少女の身体が横へふっとんでいった。
 ウェンディは舌打ちしながら、壁を蹴って移動するオフェーリヤに引き金を引いた。急制動で避けられる。
 少女が振った刀の先から、衝撃波が飛んできた。身を捻って避けたが、近くで砕けた守衛アンドロイドの破片がウェンディの頬を掠った。
 オフェーリヤは床に着地して、こちらの隙を伺っている。ウェンディは拳銃を構えなおした。「やんなるね、全く」
「こっちの台詞だわ」
 オフェーリヤは微動だにしないまま、ふっと呟いた。その表情が、どこかあどけない。
 軍事用ロイドの大半が子どもの外見をしているのは、人間の兵士の心理的抵抗による隙をつくためだという俗説は本当だろうか。そんな疑問がウェンディの頭をよぎる。喧嘩の最中に違うことを考えるのは、悪いクセだ。
 引き金を引く、と見せかけて寸前で一瞬止める。ささやかすぎて人間なら見逃すフェイク。けれど少女は、ウェンディの筋肉の動きを読んで飛び出した。蹴った絨毯が焦げるような踏み込み。ウェンディは僅かにタイミングをずらし、引き金を引いた。――当たる。
 少女は軌道修正しなかった。計算しただろう、弾道を、弾速を。この角度で当たっても装甲は破れないと。
 読み勝った。極度に引き伸ばされた意識の中で、ウェンディは瞬きのように思考する。指が確かに二度目の引き金を引く。
「な……」何かを言いかけた少女の喉もとを、二発の弾丸が立て続けに襲い、その二発目が貫通した。機械の脳ミソがつまった場所だ。
「旧式拳銃のカタログデータでも持ってたか? 二連射できるとも強化カーボンの弾を使えるとも、書いてなかっただろ」
 ウェンディはもう一発、弾痕めがけて撃った。オフェーリヤの目の光は消えている。そこには驚きに似た表情が張り付いていた。
「古いのは見た目だけさ。誰が本物の骨董品で戦うかっての」

「ウェンディ! やっぱり怪我してるじゃねえか!」
 ウェンディは目を瞬いて、ああ、と頬に手をやった。かすり傷だ。駆け寄ってきたヴァンに言われるまで、切ったことも忘れていた。
「これは、」ウェンディは言いかけてやめた。面倒くさくなったのだ。
 日は暮れかけている。ビルに面した通りは騒ぎになっていたが、何の圧力がかかったのか、警察は出てきていない。
「自分だけ残って仲間を逃がすなんて、もう止めろ。信用してないわけじゃねえけど、こっちは心配なんだ」
「そりゃ悪かったね」
 素っ気無く言うウェンディの頭を、ヴァンが抱え込んでかき回す。「おまえなあ」
 されるがままのウェンディを、ヴァンは訝しげに見下ろした。「どうかしたのか」
「……疲れた」
 ウェンディはヴァンの肩に寄りかかった。そうかそうかと、ヴァンは嬉々としてウェンディを担ぎ上げた。「よせよ、重いだろ」
「軽い軽い、五十キロや六十キロ」
 ヴァンの頭を叩いて、ウェンディは出てきたビルを振り返った。人型をして、人に似た感情を持つ何ものかの、驚いたような表情を思い出しながら。

 

(終わり)     続編「オプションには追加料金を」


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必須お題:「愛だぜ、愛」「手のひらがベストフィット」「必要なのは勇気」

縛り:「3000字以内」「男女が身体的に密着する場面を入れる」

任意お題:「したたかなアピール」「良い子はそろそろおやすみの時間」「猿以下」(使えず)


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