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 奇妙な船旅だった。
 黒く艶のない木で組み上げられた船の甲板は、いかにも陰気で、そこで立ち働く誰も彼もが気難しい表情で黙り込み、声ひとつ漏らさない。私が乗ったことのあるどの船でも、船員たちは繰り返し声を張り上げて互いの役割を確認していたものだが、この船ではそのかわりに、何もかもすべてを身振り手振りと、事前に綿密に打ち合わせられた手順だけに頼っているらしかった。
 出航して三日目の午後、船首近くの甲板で、風に頬をなぶられながら、行く先の海原を見渡していた私の肩を、軽く叩く手があった。
 振り向いた私は、思わぬ間近に青白い顔を見て、驚きの声を漏らしそうになった。けれどすぐに己の立てた沈黙の誓いを思い出し、かろうじて息を飲み込んだ。
 私の肩に手を置いているのは、私よりも十かそこらは若いだろう、背の高く俊敏そうな青年で、ほかの船員たち――日焼けした屈強な海の男たちとは違う、蒼く透けるような肌をしていた。ただ単に血色が悪く日に焼けないということではなく、その肌は文字通り、うす蒼い色をしている。目を凝らせばそこには産毛のかわりに、皮膚の下で半透明に透ける、やわらかそうな鱗が見て取れた。
 水の民と呼ぶのが、通称の中では一番うつくしいだろうか。公称としては水棲人というらしかった。けれどそう呼ぶのは学者くらいのもので、口さがない人々はただ単に彼らを半魚人だの、鱗人間だのと呼ぶ。
 彼らの姿をこれほど間近に見るのは、生まれてはじめてのことだった。私の肩を叩いた水棲人の青年は、深緑色の瞳をすっと逸らして、水かきのある指で、船室に続く扉を指し示した。どうやら食事の用意が出来たということらしかった。
 慌てて頷くと、私は逃げるように船室に向かった。商売人として、どの国のどのような民族であれ、それが客になりえる相手であれば、縁をおろそかにするべきではないというのが、我が家の――婿入りした婚家ではなく、生まれ育った生家の家訓で、これまでの人生で、私はそれをできる限り忠実に実行してきたつもりだった。そしてそれにも関わらず、私は彼を恐れた。
 なんせ彼らは東大陸の海辺の一部にしか姿をみないという少数民族で、その姿を見ることは稀なわりに、気味の悪い噂にはいつも事欠かなかった。水棲といっても、何もほんとうに水中に暮らしているわけではないらしいのだが、彼らには鱗と水かきとえらとがあって、水の中でも長く息が続くのだとか、口を開けば獰猛な牙が並んでいて、犬猫くらいならばりばりと噛み砕いて生のまま食べてしまうのだとか、そして何より、その青白く線の細いような外見とはうらはらに、奇妙な魔法を使う、危険で獰猛な民族なのだというのが、もっぱらの風評だった。
 扉をくぐり、薄暗い船内に足を踏み入れる寸前、私は首を振り向けて、異種族の青年の姿をもう一度かいま見た。やや伸びすぎた緑褐色の前髪からのぞく、暗い色の瞳が、じっと私を見つめ返していた。
 私は慌てて体を扉の内側に引っ込めた。


 船長が許すまでは、けして声を発してはならない。三日前、私は沈黙の誓いを立てて、この船に乗り込んだ。
 夜も明けやらぬ暁闇の中、桟橋と船腹に開いた扉との間に渡された、細く頼りない足場に対峙したとき、年老いた、けれど屈強そうな船長が、私の目の前に立ちふさがった。彼は強い語調で、海峡を越えて自分が合図を出すまでは、けして一言も口をきかぬようにといった。意味のある言葉にかぎらず、声ひとつ漏らしてはならぬのだという。また、ほかの船員が誰もいない一人きりのときでも、誓いは必ず守られなくてはならない。それから、火の気は厳禁で、煙草を吸うことも許されない。破れば命の保障はしない、それどころか切り刻んで舳先から海に投げ落とすと、少しも冗談ではない真顔で、老船長は告げた。
 船乗りはみな迷信深いものだが、それにしてもあまりに奇妙な慣わしだと、そのときにも思いはした。けれど私はわけを問いただすことはしなかった。それよりももっと、気をとられていることがあったので。
 そもそもこの妙な船に乗ったのは、病に伏した義母のもとに駆けつけるためだった。
 義母の危篤の報を耳にしたのは、義父の事業の手伝いで、買い付けのために遠路はるばる東大陸まで出向いて、忙しなく商談をまとめて回っていた最中のことだった。葡萄の月の終わりごろ、天候のせいで当初の予定よりも遅れて立ち寄った港町に、預けられていた伝言を受け取ると、私は残りの道程の何もかもを放り出し、泡を食って帰りの船をさがした。
 私が伝言を受け取った港から、もっとも早く西大陸に渡る方法は、まさにいまこの奇妙な船が進路をとっている、ガオツィア海峡を抜ける航路だ。しかしそれはあまりに危険が大きいというので、尋常であれば、誰も使いたがるものなどいない海路だった。天候も荒れやすいが、なにより海峡には、人も船も軽々と一呑みにする、恐ろしく巨大な怪物が出るという。
 けれど遠い故郷の大陸で、いままさに死の淵にいるという義母は、婿入りした私に、これまでよくしてくれた。妻を――義母にとっては彼女の娘を、早くに流行り病で喪ったあとも、かわらず実の息子のように接してくれた。なんとしてでも一目、義母が生きているうちに会いたかった。そして伝言を聞くかぎり、容態に予断は許されないように思われた。
 人の伝手を頼って探し出した、ガオツィア海峡を越えるというこの船を、港で初めてこの目にしたとき、私は事態の急も一瞬わすれ、阿呆のようにぽかんと立ち尽くした。もうじきようやく陽が昇ろうかという薄闇の中、桟橋から見上げたこの大きな船は、黒い絹の帆を張った太いマストが聳える、奇妙な偉容を備えた帆船で、さては夜闇に紛れようという海賊船か、そうでなければ密航船かと、とっさに怪しんでしかるべき外観だった。けれど私は驚きから我にかえると、芽生えた警戒心を無理やりかなぐりすてて、船主に交渉をはかった。
 交渉といっても、慌てていた私は、どうやって彼らが海峡の危険を避けるのかという具体的な手段や、料金の相場だのということをろくろく調べることもなく、向こうの言い値の半金をその場で手渡した。商売人としてはあるまじきことだったが、大金には間違いなくとも、身を持ち崩すほどのものではないし、何より義母に一目会わずには、生涯後悔するだろうと思われた。
 けれど実際に、誰も口を利かない奇妙な船に乗り込んで、幾日ものあいだ沈黙のうちに波に揺られていると、不安が徐々にこみ上げてくるのを抑えようがなかった。暗闇に溶け込むような奇妙な外装、死の影のように沈黙する船員たち。まるで幽霊船か、神話の中に登場する、世の終わりを告げる御遣いの船に乗り込んだような気がした。
 私は暗く沈んだ通路を食堂に向かって歩きながら、懐にしまいこんだお守り石に、服の上からそっと触れた。それはもう十五年あまり会っていない故郷の妹が、遠い地に移り住む私の無事を祈って持たせてくれた、古い古い護符だった。彼女の手によって祖霊のトーテムが刻まれたその石は、商用で旅に出ることの多い私を、幾度となく守ってくれた。
 服の下に護符の確かな手触りを感じると、いくらか気持ちも落ち着いた。私はひとつ深呼吸をすると、食堂に続く扉を開けた。

 陰鬱な食卓だった。交代で休憩しているのだろう、見るからに屈強な船員たちが、ものいわず、黙々と冷たい食事を咀嚼していた。
 硬い黒パン、干し肉、くせの強い乾酪チーズが一欠けらに、ラム酒。火を使わない料理は味気なく、半ば砂を噛むような思いで、どうにか出された食事を平らげた。食べなければ体がもたないと、自分に言い聞かせながら。
 食べ終えた空の食器を、下働きらしい顔色の悪い男に押し付けると、私はそそくさと食堂を出た。笑い声も怒声も、ためいきのひとつも聞こえてこない、静まり返った食堂の戸口を後ろ手にそっと閉めると、口にした食料の何もかもが石くれのように冷たく凝って、胃の底に沈んでいくのが感じられた。
 入れ替わりに食事にするのだろう、さきほどの蒼い肌の青年が、正面から歩いてくるのに気づいて、私は思わず半歩さがって壁に身を寄せた。青年はそれに、ちらりと会釈のように顎を引くと、視線を合わせず、私の横をそっと通り過ぎようとした。
 その手が何か、手のひらに収まるような小さなものを、大切そうに握り締めているのに、私は気が付いた。けれど詮索する気も起こらず、またどちらにしても口を開いて話しかけることはできなかったので、そのまま視線を逸らして、ただ彼が行き過ぎるのを待った。
 しかし丁度そのとき、突風でも吹きつけたものか、何の予兆もなく船がひどく揺れた。船乗りでない私ばかりか、水棲人の青年の体も、急のことによろめいた。もっとも、床にしりもちをついた私に対して、青年は壁に手をついただけで済んだのだが。
 ただ、とっさに壁についた青年の手のひらから、大切そうに持っていた木切れのようなものが取りこぼれて、傾いた床を転がった。床に転んだままの私が、反射的に伸ばした手のひらに、その木切れは、首尾よく飛び込んできた。
 揺れはゆっくりと、収まろうとしていた。打った尻をさすりさすり、拾ったものを青年に差し出したとき、私はその木切れに、どこか見覚えがあるような気がした。彫られたあと長い時を過ごしてきたのか、角の取れて艶の出た表面には、素人の手によるものだろう、魚を模した細工が彫り込まれていた。
 水棲人の若者は、木切れを受け取るために私に近づいてきながら、目顔で感謝の意を伝えてきた。その頬が、なんとも照れくさそうに緩んでいるのを、私は見た。そして木切れの意味に気づいた。これは彼のトーテムなのだ。
 それは私がかつて妹に持たされた護符、生まれ育った故郷にいまも残る風習と、同じたぐいのものだった。特別の日に特別の場所で拾った木切れや石くれを、丁寧に洗い清めて乾かし、一族を守護する獣や鳥の意匠を彫って、故郷を離れて旅立つ家族に渡す。
 われわれの祖先が生きた遥か遠い時代に、どういう経緯によって両大陸の間で移民が進んでいったのか、まだたしかなことは、最先端の考古学者によってもあかされていない。それでも西大陸の東海岸沿いの人々と、東大陸の北部の民族の間に、ときおり似たような風習が見つかることがある。彼らの種族にも、同じような習慣があるとは、これまで思っても見なかったが、考えてみればそれほど不思議なことではなかった。
 あらためてまじまじと見ると、それが彼の魂の守護生物なのだろう、すらりとした飛魚が、護符の表面に刻まれていた。素朴な細工は、鑿をとった者の必死の思いを伝えるように、丁寧に丁寧に掘りこまれていた。木切れの上の端に、紐を通す穴が開けられていて、そこにぶらさがった鎖が、どうやら切れてしまっている。それでしかたなく、手に持っていたのだろう。
 青年は、私が驚いたような顔をしたことに対して、怪訝そうに首を傾げながら、木彫りの護符を受け取った。それをほっとしたように撫でて、大切そうに胸元に握りこみながら、どうかしたのかというように、遠慮がちな視線を向けてくる。私は自分の懐から、十数年来肌身離さず持ち歩いている石彫りの護符を、取り出して彼にみせた。
 青年の顔が、ぱっと耀あかるく輝くのを、私は見た。青白い頬がかすかに紅潮し、緑の瞳が私の顔を見上げた。それは故郷を離れて遠い異国で長年暮らすものが、久方ぶりに同胞を見つけたときの、ようやく言葉の通じるものに出会えたというような、共感と安堵の表情だった。実際にはわれわれの故郷は互いに遠くへだたっているし、何がしかの言葉を交わしたわけではないのだが。
 私が微笑み返すと、水棲人の青年は白い歯を見せて朗らかに笑った。当然ながら声の伴わない、無音の笑顔だった。蒼い唇の合間にのぞいた歯並びは、やや尖った犬歯が目立つものの、人の噂に聴くような猛獣の牙などではなく、ごく当たり前の人間の歯列だった。
 互いに照れの混じった笑顔を交わしたあとで、彼は自分に割り当てられた残りの時間に気づいたのだろう、慌てたように会釈をして、食堂に滑り込んでいった。

 私はその翌朝も、甲板をうろついていた。船室にひとりで篭もっていても、義母の容態ばかりが思われて、どうにも落ち着かなかった。私が伝言を受け取った時点で、義母が倒れたという日からすでにかなりの日数が過ぎてしまっていた。もうとっくに間に合わなかったのかもしれないと、押し寄せる波のような不安と後悔が、くりかえし私を襲った。けれど気ばかり急いたところで、船の進みが速くなるわけでもない。荷の整理をしようにも、この船に持ち込んでいるのは身の回りの品くらいで、向こうの大陸で仕入れた荷は、信頼できる家のものに任せてきた。今ごろはもっと安全な航路を往きながら、義父の所有する貨物船の倉庫で、波間に揺られていることだろう。
 とはいえ、甲板に出たところでたいして気が紛れるわけでもなかった。船員たちは変わらず無言のままに陰気に立ち働き、休憩中らしい者も、ただむっつりと黙り込んでいるばかりなのだから。船員たちの手が、ときおり煙草を探るように懐を探って、火の気が使えないことを思い出したように顰め面になるのを、何度か見かけた。
 甲板は、色の濃い木材が使われているせいで、陰気に見えはしたものの、よくよく眺めれば驚くほど清潔で、いつでも塵ひとつなく拭き清められていた。船員たちは仕事の合間に、頻繁に甲板の隅々まで磨き立てている。いつかどこかの船乗りから聞き及んだ、甲板の汚れた船は海の女神に嫌われるという言い伝えを思い出しながら、私は彼らの忙しく立ち働くのを、落ち着かない思いで眺めていた。
 再び、私の肩を軽く叩く手があった。今度は驚かなかった。足音は聞こえなかったが、なんとなく予感のようなものがあった。
 昨日の青年だった。会釈をした私に、青年は書き損じを束ねたらしい小さな紙束と、小さくなった鉛筆を、遠慮がちに差し出してきた。
 そこにはこのあたりの公用語で、短い言葉が書かれていた。ガラ・ササのケセル。ケセルというのが彼の名なのだろう。それは私の記憶違いでなければ、彼の護符に彫られたトーテムと同じ、飛魚の一種を意味する言葉のはずだった。ガラ・ササというのが、彼の出身地だか氏族の名なのだろうと思われた。
 私は思わず目を丸くして、それから慌てて表情を引き締めた。その流麗な筆致と、何より近隣諸国でならどこでも通用する公用語でそれが書かれていることに、私は驚いたのだった。水棲人は文盲であるなどと、どこかで耳にしたわけでもないのに、彼らが野蛮な未開の民族か、あるいは獣のようなものだと、しらず思い込んでいたらしかった。
 言い繕う言葉が幾とおりか、とっさに頭に浮かびはしたけれど、私はそれを飲み下した。一瞬の戸惑いの意味は、言葉にせずとも、正確に青年に伝わったのではないかと思う。青年の浮かべた微笑には、怒りの気配はなかったが、慣れ切ったあきらめのようなものが浮かんでいた。
 ――キリク公国、トナン市で貿易商をしている、ノト・ティトスといいます。
 私は己の不明を恥じ入りつつも、受け取った帳面に鉛筆を走らせた。商売柄、こちらの公用語を読み書きするのに不自由はしないが、彼の美しい字には及びもつかない、拙い悪筆だった。ケセルは小さく頷いて、私が返した帳面に、ゆっくりと文章を書いた。
 ――あなたのクルは、とてもきれいですね。どなたが?
 クル、という名称は初めて目にしたが、昨日の護符のことだというのは、なんとなくわかった。彼らの言葉では、あの護符をそう呼ぶのだろう。
 ――故郷を離れるときに、妹が。
 私がそう書き込むと、彼は歯を見せて、昨日と同じ親しみのある笑顔を浮かべた。
 私の護符には、故郷の水辺でよく見かける、首の長い水鳥が彫られている。その鳥は長いくちばしで器用に小魚や虫をついばみ、悪食すれすれの雑食で、水草や木の実などもよく食べる。さまざまな環境に逞しく適応して、驚くほど広い地域でその姿を見るというので、彼らにあやかって、各地に根を張って食いはぐれることのないようにという、なんとも商売人の家系らしいトーテムなのだった。そうした来歴についても、彼に話して聞かせたい気がしたのだが、口で話せばすぐのことでも、長々とした文章を帳面に書き連ねるのは、なんとはなしに気が引けた。沈黙の誓いが、もどかしいようだった。
 ――そちらは?
 ――幼なじみに。
 帳面に書かれたその単語に、私は昨日の彼の、照れくさそうな表情を思い出した。もしかしたら好いた娘か、恋人なのかもしれなかった。けれどそれを面と向かって訊ねるのも野暮な気がして、私は微笑んでうなずくにとどめた。
 ケセルは帳面をめくると、小さな鉛筆を大切そうに握り締めて、ゆっくりと几帳面に文章を書いた。東大陸では紙も鉛筆も豊富に流通していて、私たち西大陸の人間が耳にすれば目を剥いて驚くような安価で、どんな田舎町にでも売られている。そのあたりの町の子どもたちでさえ、読み書きの手習いに、気軽に帳面を引っさげていくほどだ。だからケセルがこの書き損じの束をひどく大切そうに使っているのは、純粋に彼の性格なり環境なりに拠るものだろうと思われた。
 ――昨日は一日、いい風が吹いたから、ずいぶん進みました。この調子が続いたら、予定より早く到着できるかもしれません。
 ――ありがたいことです。きみは、こちらの船には、長いのですか。
 ケセルはゆっくりと頷いた。その口元は穏やかに微笑んだままだったが、深緑色の瞳には何か、誇らしいような、それでいて寂しそうな、奇妙な色あいが浮かんでいた。
 ――この船には、セ・トグルを使えるものが、要りますから。
 知らない単語に、私は首を傾げた。ケセルはそれと察したように、続けて紙の余白に説明を添えた。
 ――私たちの使う幻術です。めくらましの。
 私たちというのは、水棲人のことだろう。そういえばこの船には、彼以外には水棲人の姿は一人もないようだった。幻術というのは、人々の噂になっている、得体の知れない魔法のことだろうか。
 私はよほど腑に落ちないような顔をしていたのだろう。ケセルは戸惑ったように、帳面をめくって、次の紙に続きを書いた。
 ――乗船されたときに、説明はなかったでしょうか。
 私は黙って首を横に振った。
 ケセルが筆談で教えてくれたところによると、怪物に気づかれずに海峡を通り抜けるすべというのが、彼の使う特別の魔法らしかった。ただし、その魔法には制約があり、船の周りに張り巡らせた結界の中で、火の気が起こったり、生き物の声があがったりすると、セ・トグル――幻術が綻びてしまうのだとか。それが沈黙と冷たい食事と、老船長の極端な脅し文句の意味だったのだ。
 ――ですから、けして声を出されませんよう。
 私は真剣な表情で彼が差し出した念押しの言葉に、ぶるりと背を震わせた。これまで義母の容態ばかりが気に掛かって、自分の危険については、あまり身に迫って感じていなかったのだ。船を呑みこむ怪物というのが、ただの噂話や伝説ではなく、彼らが大真面目にその化け物を恐れているということが、ケセルの表情から、ようやく実感として伝わってきた。
 ――大丈夫。気づかれずに通り抜けます。そのために私がいますから。
 そう書いて頷きかけるケセルの目を、私はじっと見つめかえした。間近で見ると、彼の瞳の色は、深く生い茂る木々に囲まれた湾の、緑を映しこんだ海の色によく似ていた。蒼い唇に浮かぶ微笑は落ち着いていて、そこには何度もこの航路を抜けてきた実績をもつ船乗りの自信が、はっきりと滲んでいた。
 よろしくお願いしますと、口に出していうかわりに、私は深く頭を下げた。彼は恐縮したようなようすで、けれどたしかに頷き、やがて名残惜しげに、彼の持ち場へと戻っていった。

 それから私たちは日に何度か、顔を合わせるたびに声のない挨拶を交わした。ゆっくりと筆談を交わすほどのまとまった時間は、あまりなかったけれど、軽く会釈をして笑顔を交わすという、たったそれだけのやりとりでも、強いられた沈黙の重圧と、義母の容態への焦燥とを、ずいぶんと和らげてくれた。何より、誰も知る人間がいない中で何日も過ごすことには、商売柄、とっくに慣れたつもりでいたけれど、そういうことには真に慣れることはないのだと、私はこの歳にしてようやく知った。忙しく日々をすごして気が張っているときには身の内の疲労に気づかないように、降り積もった孤独は、しらぬうちに心を蝕んでいるものらしい。妻に先立たれたことの寂寥はともかくとして、婚家で義父母は私にいつもよくしてくれたし、商売仲間ともそれなりにうまくやってきて、私は自分が孤独なのだとは、これまであまり思ったことがなかった。けれど久しぶりの休息をとって倒れこむように眠りに落ちる瞬間、自分が思ったよりもずっと疲れていたことにようやく気が付くように、私は彼の親しみのある笑顔を目にするたびに、自分が胸のどこかで長年抱えていた郷愁、故郷を離れて異なる文化圏の中で暮らすことへの気疲れを、ようよう思い知るのだった。
 彼の仕事の邪魔をせぬ程度に、ときどきケセルの姿を目で追っていた私は、彼とほかの船員たちとの間にある、壁のようなものの存在に気が付いた。どの男たちも、何をしていても陰気にむっつりと黙り込んでいることには違いなかったが、ケセルと向き合って身振り手振りで何ごとかの手順を確かめあうとき、そろって船員たちの顔には、どことなしに落ち着かないような戸惑いの表情が、かすかに浮かんでいるのだった。人とは異なる外見を持ち、常人にはない魔法を使うという彼は、長年同じ船に乗る仲間たちの間でも、尊敬と畏怖を集めているのだろう。そうした様子を見ていると、ケセルが私の護符を見た瞬間に、あれほど顔を輝かせた理由が、わかるような気がした。

 よく晴れわたった日の朝、船は、問題の海峡にさしかかろうとしていた。
 海峡ときいて、私はもっと狭い、帆船が行き交うのが精一杯のような、狭い難所を想像していたのだが、実物はまるで違っていた。たしかに両側を高い断崖に挟まれてはいるものの、そこには巨大な軍艦が隊列を組んでも、悠々と通り抜けられそうなだけの、ゆったりとした幅があった。
 海峡に近づくと、空は晴れているにもかかわらず、かすかに靄が出始めた。両脇に迫る高い断崖が、燦々と降り注いでいた陽の光を遮り、急に肌に触れる空気がひんやりとした。
 そのまま半刻も進んだころだろうか。海峡の半ばほどを過ぎたのではないかと、素人考えには思われたが、とりたてて海には何の異変もなかった。
 もしや、怪物というのはただの噂話か、あるいは彼らのでっちあげで、ここは本当はごく普通の安全な海なのではないかと、私は拍子抜けするあまり、そんなことを考えはじめていた。たとえば怪物の噂を広めて普通の船を遠ざけ、航路を独占して、間抜けな客から高額な報酬をむしりとろうという、手の込んだ小細工。そんな埒の無いことを思うほど、海は穏やかだった。出航したころには、わずかに紫がかった群青色に見えた海は、今は明るく澄んだ柔らかな青へと、色を変じている。船はあいかわらず日陰に入ってこそいるものの、空は晴れ渡り、なんとものんびりした陽気だった。
 しかし、怪物と幻術について筆談で説明してくれたときの、ケセルの真摯そうなまなざしは、けして嘘やでまかせをいう人間のそれには見えなかったし、船に乗り込んだ際の船長の剣幕も、とても冗談ごとのようには見えなかった。それともそう思うのは、商売人として、あまりに簡単に他人を信用しすぎだろうか。誠実そうにふるまいながら手ひどい詐欺をはたらく人間など、世の中にはいくらでもいるものだし、私はこの目で何度となく、そういう人々を見てきた。人を見る目は、多少なりと養われているつもりだが、そこに絶対の自信があるわけではない。
 けれどそれならそれで、べつにかまわない。たとえ騙されて相場以上の金をむしりとられたとしても、この航路がもっとも早く西大陸に帰る手段であることには間違いない。彼らが海賊に化けて身包みはがされるのならば、とっくの昔にそうされているだろうし、とにかく無事に海を渡してくれて、義母の生きているうちに帰ることさえできれば、何だってかまわなかった。
 このまま何事もなく海峡を通り抜けられるに違いないと、私がそう楽観を強めるころ、急に、ふっとあたりが薄暗くなった。
 私はとっさに天を仰いだ。けれど空には異変はなかった。急に日が沈んだわけでもないし、空は変わらず晴れ渡っている。海峡を挟む断崖の高さが変わったわけでもなかった。
 訝しく顔を下ろしたところで、私は船員たちの額に浮いた脂汗に、ようやく気がついた。彼らの視線はすべて、私のように頭上ではなく、海面に注がれていた。
 彼らにつられて海面に視線を落とした私は、自分が見ているものの意味を理解できずに、しばらくそのままほうけていた。
 海が一面に、暗く沈んでいる。
 船員たちは緊張感をみなぎらせ、それでも変わらぬ無言のままで、忙しなく帆を操り始めた。その彼らのようすの意味するところを、私はまだ理解していなかった。
 私の背を、そっと押す手があった。振り返ると、ケセルが緊張した面持ちで佇んでいた。手のしぐさで、はやく船室に戻るようにと伝えてくる。その顔が、彼本来の青白い肌よりも、なお青ざめて見えた。
 唐突に大揺れが来た。
 バランスを崩して危うく転落しそうになった私の腕を、ケセルがかろうじてつかみ、引き戻してくれた。私は慌てて体勢を立て直し、船縁に強くしがみついた。これほどひどい揺れがくるなら、もっと早くから波がくるのが見えていてもおかしくはないのに、その揺れは、あまりに唐突だった。
 ケセルの視線が、眼下の暗い海に向いていることに気づいた瞬間、私はようやく、何が起きているのかを知った。
 私たちの足元に、巨大な魚が泳いでいる。
 その体があまりにおおきくて、怪物の影どころか、あたりを覆いつくす黒い水にしか見えなかったのだ。そしてその怪物が、何かの拍子に身を大きくくねらせたので、海が盛り上がり、それがさきほどの大揺れになった。
 私は息を呑み、意味もなく大声で叫びだしたい衝動に襲われた。けれどそんな私の口を、水かきのあるケセルの手が、きつく抑えた。ひやりとした手だった。やわらかな鱗の透ける皮膚に、つめたい汗が滲んでいた。緊張を孕んだ深緑の瞳が私を見据え、落ち着きを取り戻すようにと、無言のうちに訴えかけてきた。
 声を上げてはならない。怪物に気づかれたくなかったら。
 第二波がきた。
 先ほどとは比べ物にならない、唐突で、嵐のような揺れが船を襲った。何が起きたのか、今度は私にも理解できた。船の下にいた巨大な魚の、尾びれが高く持ち上げられたのだった。島ほどもある巨大な魚の、黒く聳えたつ小山のような尾びれが、海からにょっきりと高く突き出していた。それが悠然と風を切って水面を叩く、その一部始終を、私はこの目でたしかに見ていた。
 巻き起こった波に跳ね上げられた船体が、完全に宙に浮いた。
 墜落。
 私の口を塞ぐために半端な姿勢でいたケセルが、自らの体を支え損ねて、船縁に強く体を打ち付けるのを、私はかき回される視界の中に、たしかにとらえた。その懐から飛び出した、鎖の切れたままの彼のクル、木彫りの護符が、空中に躍るのをも。
 ケセルはとっさに、宙に手を伸ばした。けれどその指はわずかに届かず、彼を長く航海から守ってきたのであろう守護は、あえなく黒い水面へと吸い込まれていった。
 その、宙に手を伸ばしたままだった姿勢が、彼のあだになった。
 第三波が来たとき、彼の体は、反対側に吹き飛ばされるように宙を舞い、メインマストの金具へと、激しく叩きつけられた。
 いやな音がした。ケセルが頭を打ったのが、私には見えていた。緑褐色の髪の間から、血が流れている。青白い肌をした彼の、その皮膚の下を通っているとは信じがたいような真っ赤な血が、顎を伝って甲板に落ちた。
 当のケセルが、痛みに呻くことさえなくこらえ続けていた声を、私が上げた。大の男が上げるにしてはあまりに情けない、身も世もないような悲鳴だった。
 魔法は解けた。船を覆っていた呪力のような何かの気配が、ふっつりと途切れたのが、魔法の心得のない私にさえも、肌で感じられた。
 船長が罵声を上げた。もう誰も、声をこらえてはいない。緊迫した指示の声。怒声、悲鳴。怪物は私たちに気づいている。海面は異様に揺れ、また理不尽な揺り戻しにあい、船は木の葉のように波間に揉まれた。
 船縁にしがみついて叫び続けていた私は、そのまま襟首を頑健な腕につかみ上げられ、縁からひきはがされて、抵抗する間もなく宙づりにされた。
「ちくしょう、この野郎! あいつの餌にしてやる!」
 船長だった。老いによる衰えを少しも感じさせないとんでもない膂力で、私の体を軽々と持ち上げると、揺れる甲板を踏みしめて、舳先に向かおうとした。それはただの腹立ち任せの行為ではなく、私を怪物に食わせて、その隙を突いて逃げられないかという算段なのだった。私は恐慌のあまり、栓の壊れた酒樽のように悲鳴を口から迸らせつづけながら、一方では、どこか奇妙に冷静になった思考の片隅で、そうした船長の意図をはっきりと感じ取っていた。
 その船長の腕を、青白い手が引いた。その指の間にうすく張る水かきが、真っ先に私の視界に飛び込んできた。
 腕を覆う透明な鱗が、赤く濡れている。頭から血を流しながら、ケセルがそこに立っていた。
 船長の罵りに、奇妙に冷静な声音でなにごとか答えたあと、ケセルは怪我をしているのが嘘のようなたしかな足取りで、船体の揺れをものともせず、船首の方に歩いていった。
 船長がその背中をしばらく見送ったあと、舌打ちまじりに私の体を床に投げた。彼の合図で、船乗りたちがいくらか冷静さを取り戻して、それぞれの持ち場に戻る間に、ケセルは船首に立って、怪物の巨大な影に対峙していた。
 あれほど恐慌に飲み込まれていた船上が、ふたたび静まり返っていた。ただ荒れる波間に叩かれる船底の音だけが、静寂を割って響いている。誰もが固唾を呑んで、青白い肌の青年を、じっと振り仰いでいた。
 ケセルは揺れる甲板の上で毅然と立ち、両手を大きく広げて、声を張り上げた。
 その声は高く伸びやかに澄んで、天に駆け上っていった。
 歌のような、呪文のような、ケセルの声は朗々と水面を揺らした。果てしなく高く高く、高音を突き抜けて、やがてふっつりと、音が失せたように思えた。けれど目に映るケセルは変わらず、喉をふるわせて声を張り上げている。人の耳には聞こえない音なのだと理解するのに、しばらく時間がかかった。
 いつの間にか、波は尋常のようすに戻っていた。眼下に広がる海の色は、まだ黒い。けれど、先ほどまでのように激しい揺れは、もう襲ってこなかった。どういう魔法かしらないが、彼の歌声が、怪物の動きを留めているらしかった。
「いまのうちだ! 急げ!」
 激しい足音とともに、船長の怒号が遠ざかっていくのを聞きながら、私はいつの間にか自分の口から漏れ続けていたはずの悲鳴が止まっていることに気がついた。
 怪物はおとなしくなったとはいえ、今度は船員たちの荒っぽい操船によって、船はひどく揺れ始めていた。私は慌てて船縁にしがみつきなおすと、もう一度、ケセルの方を振り仰いだ。
 青年は何か神がかったような、無心の表情で天を仰ぎ、私には聞こえない歌を、一心に歌い続けている。その声なき声に、びりびりと空気が震えるように感じられて、頭の傷ばかりか、その喉が破けて血があふれるのではないかと、私はとっさにそんなことを心配したけれど、傍に駆け寄ることを許さない何かが、その立ち姿にはあった。
 やがて気の遠くなるほどの時間を経て、船は海峡を抜け、再び陽射しの下に飛び出した。
 気が付けば足元の海はどこまでも青く澄み渡り、振り返っても、もう黒い影をそこに見つけることはできなかった。
 船員たちの上げる歓声と賞賛にもまれながら、船首近くに佇んでいたケセルの体が、ゆっくりと傾いでいった。

 海峡を抜けてからしばらくの間、船員たちの私に向ける目は白かったが、幸いにも、制裁のために海の藻屑にされずにはすんだ。ここらの海に棲むといわれる魔物は、けして例の怪物ばかりでなく、無闇に船で血を流せば悪しきものを呼び寄せると、船員たちが固く信じこんでいたのが、私にとっての幸運だった。怪我人は出たが、死者が一人もいなかったことも、大きかっただろう。
 せめてもの侘びにと、倒れたケセルの看病をしたかったのだが、船医に邪魔だと冷たく追い払われて、彼が目を覚ますまでの二日間、私はろくろく食事もとらず、ひたすら部屋に閉じ篭っていた。
 二日後、無事に目を覚ましたケセルは、その繊細そうな外見とはうらはらの頑健さを見せ、すぐに体調を戻して、また忙しく立ち働き始めた。
 あのとき私の叫びによってセ・トグルの効果がきれていなかったとしても、怪物の気まぐれな泳ぎのひとつで、みな海の藻屑になりかねかなったのには変わらないのだから、それほど気に病むことはないのだと、不思議な響きのする声で、ケセルは私を慰めた。それは訛りのない滑らかな公用語で、彼の几帳面な筆跡にもどこか通じる、穏やかで丁寧な話しぶりだった。それから彼は私の肩を叩き、もう冷たくはない食事を勧めてくれた。そうなると、沈黙している間はむっつりと気難しげにしていたほかの船員たちも、海の男らしい陽気さと気安さを見せて、休憩や食事の合間にあれこれと話しかけてくるようになった。
 例の海域を過ぎてさえしまえば、沈黙の誓いは終わり、火の気も使えるようになった。干し肉は炙られ、野菜くずや魚を煮込んだあたたかいスープが、食事に添えられるようになった。そういえば、食事の合間に船員のひとりが教えてくれたのだが、鼠が乗り込んで声を上げないようにということで、この船は執拗なほどにいつも磨き上げられているらしかった。やけに甲板がきれいだと思っていたら、そういう理由があったらしい。
 船員たちは甲板に出ると、先日までの沈黙が嘘のように、威勢のいい声で呼びかけ合い、その合間に、手際の悪い新入りを怒鳴りつける船長の声が響いた。休憩時には煙草を吹かし、酒に割れた声で船乗りの歌を歌って、少々品のない雑談に花を咲かせる。そうしてみれば、ただ船体の色が黒いのが珍しいばかりの、どこにでもある船上の光景だった。
 海峡を抜けて五日目の朝、無事に船は西大陸の港町、わが美しきトナン市の港に停泊した。

 何よりも幸いだったことに、私が帰港したとき、義母は意識を取り戻していた。衰弱して床についてはいたが、緊迫した状態からはすでに抜け出していた。義母が床の中で目を開けて、細った声で私の名前を呼ぶのを聞いて、私は思わず年甲斐もなく落涙した。もう当面の間は、長旅に出るのはよして、義母の傍にいようと思う。義父もそれを許してくれた。
 船を下りるときに、料金の残りの半金は船長に渡していたが、それとはべつに、例の騒動で船の壊れた箇所があったので、その修理費と、迷惑を掛けた侘びの品を届けるために、私は彼らの船に足を運んだ。家にあった銘酒を荷車いっぱいに積んで訪ねていくと、私を怪物の餌にしようとしたはずの老船長は、葉巻を咥えた唇でにやりと笑い、もう遺恨も何もかも忘れたかのように、実に嬉しそうに肩を叩いてきた。
 船の修繕中、つかの間の休息を得て、陸の娼館や酒場に繰り出している船員たちが多かったようだが、ケセルはその蒼い肌が人目につくのを避けたのか、上陸はせずに、例の几帳面さを発揮して、船室内の掃除をしていた。
 私は詫びと感謝と、それから自分の所在とをあらためて彼に告げ、何か力になれることがあればいつでも便りをくれるようにいった。それから妹の彫った護符を、彼に渡した。ケセルはずいぶんと恐縮したが、私は頑として譲らなかった。彼の失われたクルのかわりにはならないかもしれないが、きっと水鳥の姿を借りた祖霊が、彼の身を護ってくれると信じて。遠い故郷の妹も、わけを聞けばきっと、怒らないだろう。
 やがて彼らの出航を見送ったあと、商売の傍ら義母の看病をする日々の中で、私は何度もあの航海の折の夢を見た。沈黙のうちにすごした陰鬱な船旅、海面に躍り出る島影ほどの巨大な怪物、水かきの張ったケセルの手のひら、高く天に駆け上る聞こえない歌声。彼の、遠い異国で同胞を見つけたときのような、あのときの安堵の表情。
 あとになってみれば、本当に私が思っていたほど彼と心が通じていたものかどうか、自信はない。似たような来歴の護符という些細な一件をもって、ほんのいっとき、絆めいたものを感じたという、ただそれだけのことなのかもしれなかった。
 それでも私はこの先、青く澄み渡る海を見るたびに、あの黒い帆を張った船を目で探し、蒼い肌の友人の無事を願うだろう。幾年、幾十年の月日が過ぎても、きっとそうするだろう。

(終わり)

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お題:「絆」「酒」「どこまでも青」
縛り:「擬音語を使用する(最低ひとつ)」「緊迫感のあるシーンを描く(任意)」
任意お題:「月光」「尻尾」「あわわわわわ」「ここで会ったが百年目!」「凛とした」(使用できず)


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