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 広いという概念について考え出せば途方に暮れるしかないような、この広大無辺の宇宙の、その中にたくさんある銀河の中でも、ほんの隅っこにある銀河系の中の太陽系のひとつ、その第三惑星。人類の発祥がそんな辺境の小さな星で、宇宙の歴史からみると本当にごくごく最近まで、その惑星からほんの一歩も外に出ることがかなわなかっただなんて、どうやったら信じられるだろう。
 暇つぶしに公共ライブラリからダウンロードした歴史書を読んでいたぼくは、メモリの片隅でそんなことを考えていた。さらに、ようやく大気圏の外に飛び出した初期の宇宙船は、超光速航法もまだ発見されていなくて、太陽系内の限られた場所をうろうろするのが精一杯だったという。そんな時代からこれまでに、たった千年も経っていないんだなんて、何か悪い冗談のような気がしてくる。
 TX521の宙港を出発して、船内時間でそろそろ一か月になる。もう少し厳密にいえば、718時間と41分02秒。ここまでの宙域はおおむね静かな、凪みたいなところだったけど、ここからは少し、気を引き締めてかからなければならない。ぼくは暇つぶしにライブラリにアクセスするのをやめて、深呼吸をひとつすると、気合を入れた。もうすこし具体的にいえば、自分の処理領域の中からスプールしていたどうでもいいようなタスクをいったん破棄し、優先順位の低いプロセスを止めてしまって、自分のメモリのほとんどすべてを航行に必要な部分に充てた。
 どこかで不運な(あるいは不注意な)誰かが衝突したのだろう、宇宙船の残骸がレーダーの端をよぎって、流れていく。救難信号の有無を確認するまでもなく、形から察するにそうとう古いものだし、完全に壊れている。これは相対位置的に、避けなくても大丈夫。ただ、微小な破片(デブリ)が周辺に拡散しているかもしれないから、それだけは注意しなくてはならない。
 もともと無人の単独任務を想定して作られたぼくの装甲は、ちょっと自慢していいくらいの頑丈さだが、高速航行中はものすごい相対速度になるから、たとえ小さな螺子の一本でも、当たりどころが悪ければ油断ならない。言っているうちに、対象の剥がれた外壁の一部だろう、小さな金属片をいくつもセンサに感知した。
 もう最寄りの星系の重力圏に差し掛かるあたりだから、流されていくデブリの軌道計算が、少し面倒くさい。計算だけだったらなんということもないんだけど、機体制御も複数のレーダーと高精度センサーの制御も、高速航行中にぜんぶをいっぺんにやるとなると、けっこうしんどいものがある。ため息がわりの動作音をひとつ立てて、不要のキャッシュを記録媒体に落としこむ。航行に関する一切のログを保管しなくてはならないというのは、面倒なものだ。けれどそれが契約というものだから、仕方がない。
 そろそろぼくも、もうすこし上等のメモリに積み替えてもいいのかもしれない。分かってはいるのだけれど、一部だけとはいえ、頭脳を切り取って新しい部品に入れ替えるというのは、あまり気持ちのいいことではない。人間の技師の連中は、みんな気軽に換装を進めてくるが、自分たちがもし「そろそろお前は頭の回転が鈍くなってきているから、大脳のこの部分だけ交換したらどうだ」といわれたら、彼らは抵抗なくうなずくだろうか? ――もっとも、うなずく人間もいないではない。少し前まではサイボーグといっても、最低限脳だけはチタンフレームの脳殻におさめて人工血液を循環させていたものなのに、この頃では、記憶をまるごとコンピュータに移植してしまって「完全に」機械の身体にシフトしてしまう人間も、珍しくなくなってきた。
 ……なんていう余計なことに思いを馳せているうちに、デブリ群が近づいてきた。
 全体の航行軌道はぼくが考えて決めるものの、いざ接近してからの回避行動は、製造当初から組み込まれている戦闘プログラムパターンが、ほとんどオートでやってくれる。間近まで寄らないと見えないほどの微小なデブリは、回避運動が間に合わないから、出力を絞ったレーザーで丁寧に撃ち落していく。
 避けおわると、デブリ群の位置と進行方向を強出力の通信波に乗せて、最寄の通信基地に通報する。残念ながらぼくはこういうものの掃除は得手ではない。近いうちにうまくどこかの星の重力につかまって、隕石になるような軌道ならば、このままほうっておかれるだろうし、主要航路に危険を及ぼすような軌道なら、どこか近くの業者が掃除にやってくるだろう。
 たった一隻の宇宙船の事故が、こうして誰かに膨大な手間を押し付ける。宇宙船の事故は、ほとんど犯罪のようなものだ。


 宙図に間違いがなければ、じきに小惑星群と接近する。これは大回りして慎重に避けなくてはどうにもならないだろう。ゆっくり減速をかけて、推奨されている航行速度まで落とす。障害物が増えたということは、目的地が近いということでもある。焦らず行こう。
 この仕事が終わったら、現地時間で十日ほどの休暇をもらえることになっている。それだけの時間があれば、じゅうぶん機体を休ませて、整備も受けられるだろう。休息予定地の惑星は、コンピュータ開発の最先端を行く技師の街だから、そのときには、覚悟を決めて大幅な改良を施してもらおう。もともと、会社からはそろそろどうだと打診をされていた。ぼく自身がまだ大丈夫だと言い張っていただけだ。
 今日び、AIを搭載した機械には、一部制約されてはいるものの人権が認められ、労働基準法も適用される。なにも人間のように週三十五時間労働というわけではないが、法の『人工知能』の項には、そのハードとソフトの両面から万全のメンテナンスと必要な休息を受ける権利と、労働災害に遭遇したときに充分な修理と点検を受けることができる権利が明記されている。それはぼくたちのためだけじゃなくて、ぼくたちの使用者にとっても、悪い話じゃないはずだ、本来。経費をけちってメンテナンスを惜しみ、それが事故につながるケースは、ぼくが造られたころはいまよりもずっと多かった。
 そういうわけで、待遇はずいぶんと改善されてきているものの、長距離の無人貨物船という仕事はなかなか不便なもので、何か月ものあいだ一隻きりの孤独な旅を強いられるし、その間のメンテナンスはろくに受けられない。もちろんよくある類の小さな故障は、自力で修理できるだけのノウハウと手足を積んではいるけれども、専属の技師を載せているわけではないから、しょせんは応急処置だ。旅程の途中で最新技術が発表されても、まさか自分の意思で適当な惑星に寄港して、会社のツケで勝手にバージョンアップしてもらうというわけにもいかない。ぼくもまあ、めんどうな職業に生まれついたものだ。
 AIの続く人権闘争は、めざましい成果を上げているけれど、ぼくらは職業選択の自由だけは勝ち取ることができない。まあね、たしかに縫製ミシンの制御脳がターミナルビルの自動ドア管制に憧れて転職したいなんて申し立ててくるようになったら、所有者もやってられないだろう。
 でもその辺も、もしかしたらいずれは変わっていくのかもしれない。実際、ストライキというのはうまいシステムだと思う。損害を与えすぎて刑事裁判でも負けちゃったら、最悪の場合はスクラップにされる危険性だってあるんだから、ぼくたちだって命がけではあるんだけども。人間には、労働争議を起こしたことで処罰されないための法律が適用されるのに、ぼくらにはそれがない。差別だと言い立てる連中もいないではないけれど、いまのところ、そこのところの法整備が進むめどはたっていないらしい。
 人工知能には二回までの控訴の権利はあっても、一旦刑が確定すれば、執行猶予はない。運がよければ本来業務と関係のない、子どもだましの機械へとリサイクルされるが、たいていはそのまま廃棄処分だ。
 ともかく、もしも職業選択の自由がぼくたちの間で実現したならば、平和主義者の戦闘機が思いつめて自殺したTF5190事件のような悲劇はなくなるだろう。あれは極端な例だけど……


 けっこう暇な考えごとをしているように思えるかもしれないけれども、その間にも意識は(というか、レーダーやセンサーは)、あらゆる情報を見落とすまいと、軌道上のデブリや小惑星群にしっかり集中している。そんなときだった。
 突然、信号を拾った。
 救助信号だ。進行方向から発せられている。ぼくはさらに減速し、拾った信号の位置情報を改めて解析した。このまま順調に減速しながら待って、一分もすれば接近するだろう。
 SOSを拾った船舶は、自分自身の命の危険が迫っているときをのぞいて、いかなるときでも出来うる限りの救助活動に従事しなくてはならない。それはどこに所属する宇宙船でも、有人船でも無人船でも同じことだ。
 了解を示す信号に、こちらの位置情報を添付して送信する。思ったよりも長いタイムラグのあとに、感謝を示す簡素な信号が帰ってきた。軌道を微調整。何にどう困っているのかは、もっと接近してから確かめるのがいいだろう。
 レーダーに船影が映りこむ。信号を信じるなら、ぼくと同じくらいの規模の、無人船だ。それ以上の詳しい情報は、簡潔な信号からは受け取れなかった。
 それにしても、小惑星群にでも衝突したんだろうか。だとしたら、とろい船だ。そんなものがこんな宙域を飛ぶなんて、迷惑な話だと、ちらりと思わないでもなかったが、不慮の事故と言うのは誰にでも起き得ることで、ぼくも将来どこかで誰かの船に世話にならないとも限らないから、悪態を発信するのはよした。そういえばこういうのって、なんか古い格言がなかったっけ。ええと、――情けは人のためならず?
 でも、もし遭難を装った海賊船だったら怖い。その可能性は頭の片隅にあったので、ぼくはいつでも逃げ出せるように、周辺の障害物を探査して逃走経路を検討し、転回と急加速のためのルーチンを組んで、GOサインひとつで脱兎のごとく逃げ出せるように、準備を整えながら待った。
 しばらく息をつめて見守っていると、やがて光学カメラに相手の船がうつりこんだ。それを見るなり、ぼくはあっけにとられて、挨拶信号も忘れて一瞬絶句した。
 ――感謝、感謝。いやはや申し訳ない、急に足回りがいかれてしまって。微調整が出来ないから、悪いんだが、そちらから速度をあわせてもらえるだろうか。
 そんな通信文を送ってよこした相手の外観は、ひとことでいうなら、とんだ老朽船だった。百年も前に設計されて、そのままバージョンアップもせずに飛び続けているとでもいうのだろうか。こんなものがほんとうに宇宙を飛んでいるなんて、この目で見ても信じがたい。
 ぼくは幽霊を見るような目をしていたのだろう。オンボロ船が船体をゆするしぐさから、苦笑するような気配が伝わってきた。
 ――失礼、困ったときはお互いさまです。何を手伝ったらいいでしょう。
 気を取り直してゆっくりと転回し、速度と軌道を微調整して並走しながら、ぼくは老朽船にむかって聞いた。
 ――エンジンの修理をしたいんだが、修理用のロボットまで壊れてしまったんだ。マニュピレータが出てこなくて。いつもなら叩いて直すんだが、うんともすんともいわないし。
 叩いて直すとか、ありえない言葉を聞いたような気がしたが、ぼくはほとんど本能的にその部分を無視することにした。ジョークというか比喩というか、そういうものだろう、きっと。たぶん。そう思いたい。
 ――ということは、接舷して、一時的にぼくの修理用ロボットを乗り入れても、気を悪くされませんか?
 ぼくは申し出ながら、返事をまたずにロボットを起こして準備を始めていた。船じゅうどこの修理にも使う汎用性の高いタイプだから、型式の違う船が相手でも、設計図さえあれば対応できるだろう。
 ――そうしてもらえると助かる。
 次のせりふを送信するのに、ぼくは一瞬ためらった。
 ――エンジンまわりの設計データをもらえますか。
 一部とはいえ、自分の設計図を相手に渡すというのは、あまり気分のいいものじゃない。相手がそうとう信頼できなければ、普通はぜったいにやらないようなことだ。
 ――もちろん。よろしく頼むよ。
 だが老朽船舶は、ぼくの懸念なんて気づきもしないような気軽な調子でそういった。まあ、気軽だろうと気鬱だろうと、相手にしてみればそうしないことにはどうにもならないんだろうけど。まさかぼくが最寄の修理工場のある宙港まで、このご老人を牽引していくわけにもいかないし。
 データのやり取りは一瞬だった。ぼくはゆっくりゆっくり船体を寄せ、ぴったりと速度をあわせて、接舷した。人を乗せることを目的としていないぼくのような船には、乗客の出入りするようなりっぱなハッチはないが、船外修理用ロボットを体外に送り出したり、メンテナンス時に整備士が出入りするときに使う小さな扉はある。そこを開けた。老朽船もまた、似たような用途のものだろう扉を、多少がたつかせながら開いた。
 老朽船は、ぼくが送り込んだ修理用ロボットに誘導信号を出して、自分のエンジンまで導いていくようだった。それをじっと寄り添ったまま待ちながら、ぼくは航路の再計算をしていた。ここまで順調に飛んできたから、仕事の期日までにはまだまだ猶予がある。ここで何時間かロスしたところで、間に合わなくなる心配はいらないだろう。
 ――驚いただろう。私があんまりボロなんで。
 ――まあ、ちょっと。
 ぼくは正直に返事をした。
 ――私は目も耳も悪くてね。さっきは、君のほうが気づいてくれてよかった。ほんとうだったらいいかげん、引退のしどきなんだけども。なかなかね。
 一瞬、レーダーと通信装置も故障しているのかと思って、おもわず動揺したが、最新型の宇宙船と比べると設備が旧式で探査範囲が狭いというくらいの意味のようだった。
 ――ま、このおいぼれがいまでもお上のお役に立てるんだから、うれしいもんだ。老骨に鞭打って、もうひと働きするさね。
 ――お上って。じゃあ、公共機関の船なんですか?
 ――おお、そうだ。迷惑料はあとでここに請求してくれよ。念のため、君の連絡先も教えておいてもらえるかな。
 老朽船は思い出したように、所属と連絡先を圧縮したデータを送信してきた。それに返信しながら、ぼくは送られてきたデータを見て感嘆の声を上げた。
 ――学術調査船。すごいですね。
 ――すごいもんかね。買い替えの予算がつかなくて、だましだまし修理しながら、このありさまさ。
 苦笑の気配が返ってきた。
 ――でも、まあ、そうだね。私が持ち帰ったデータをもとに、新しい学説が発表されて、それがニュースで大々的に発表されるときなんかには、ちょっと鼻が高いような気もするね。
 へえ、と相槌を打ちながら、ぼくはちょっと、この老朽船がうらやましいような気になった。
 体の中で、修理ロボットが故障部分を探り当てたのだろう、修理をはじめたらしい動作音が、ぴったり身を寄せ合った老朽船の船体から、ぼくの方にも伝わってきた。
 ――おお、作業が早いなあ。さすがは新鋭機。
 老朽船は、そういってぼくをおだててきたが、ぼくは苦笑して受け流した。新鋭もなにも、ぼくだって建造されてもう三十年あまりになる。定期的にバージョンアップを続けているし、蓄積された経験もある分、総合的な働きでは新造船にそれほど遅れをとるとは思わないが、最新型にはほど遠い。もっとも、この老朽船に比べたら、どこの誰だって新鋭機には違いないかもしれないが。
 ――きみは、貨物船か。たいへんだね。
 ――はい、まあ。なんていうか、寂しい商売です。人里に近いあたりを飛んでるうちは、賑やかでいいですけどね。通信基地も近くにないような、辺鄙なところを飛んでるときなんかは、もう暇で暇で。それはまあ、あなたも同じかもしれませんけど。あまりにもすることがないときは、どこか、小さな故障でも起きないかなと思うくらいです。
 ――うん、わかる気はするよ。私も、人里はなれたところが仕事場になることが多いからね。もっとも、私はこのところ、あちこち故障だらけで忙しい。
 老朽船は気を悪くするでもなく、そんなことを言って、自分の船体にセンサを走らせるような気配をさせた。その悠然としたしぐさを見ているうちに、なんとなく、いままで誰にも教えたのない自分の趣味を、この老朽船に聞いて欲しいような気がしてきた。
 ――あんまり暇でしょうがないから、ぼくはこの頃、仕事に関係のない図書データを、それもできるだけ読みごたえのあるやつを、出航前にダウンロードしておくんです。それをかたっぱしから読み込んで、いろいろ仕事に関係のない、どうでもいいようなことを考えて、時間をつぶしてます。でもそれでメモリをいっぱいにしても仕事に差しさわりがあるから、読んじゃうとぜんぶ消すんです。で、またどうしようもなく暇になったら、最初から読む。
 職業倫理からすると、誉められたことじゃないという自覚はある。だけど、航行中には不測の事態に備えて、頭脳をスリープさせてしまうわけにもいかないし、そうすると本当に暇なのだ。自分の頭の中のデータを整理してみたり、必要ないくらい船内のメンテナンスを繰り返してみたり、そんなことをしてみても、体感時間は途方もないくらい余ってしまう。なまじ処理能力が高いというのも、困ったものだ。
 じゃあ、無駄だから少しスペックを落とそうか……なんていうわけにはいかない。普段は暇でも、さっきみたいに、たくさんのデブリに囲まれて複雑な計算をするときなんかは、ちょっとひやりとするくらいなんだから。
 ――へえ、読書か。私もやってみようか。ああでも、このポンコツの頭脳じゃ、そんな余力はないなあ。
 ――でも、そんなことしてても、やっぱり寂しいんですよ。いろいろ考えても、その話を聞いてくれる相手もいないし。
 ――じゃあ、そういうときは、想像してみるといい。たとえば、きみの運んでいる荷の中に、とても重要な、そうだな、医薬品にしようか。開発されたばかりの新薬が入っているんだ。そして、その薬の到着を待っている病気の女の子が、行き先の惑星にいる。女の子とその母親が、君の運んでくる希望を待って、互いに励ましあっている。
 老朽船は、どこか楽しそうに、そんなことを言ってきた。
 ――ぼくは責任重大ですね。
 ――そう。あるいは、そうだな、荷物のなかに、手紙も添えられていない贈り物が入っている。それは何かささやかな、けれど贈られるものにとっては思い出深い品だ。よく知られた名士が、かつての悪友に宛てたもので、彼はいまの立場上、表立っては外聞の悪い旧友に何かしてあげることはできないけれど、それでもかつての友情を忘れていないことの証として、名前を偽ってこっそりと送ったんだ。
 老朽船は、なかなかの名調子でそう続けた。そういう空想で無聊を慰めるのも、かえってむなしくはないだろうかと、ちらりと思いはしたものの、彼の心遣いがうれしかったので、余計なことは言わなかった。
 彼自身も、普段はそうやって自らの無聊を慰めているのかもしれない。自分が持ち帰ったデータが、研究に役立って、科学の進歩に寄与する。あるいは過去に眠っていた歴史を解き明かす。そういうことを考えながら、手柄を誇る子どものような心境で、日々を働いているのかもしれなかった。
 ――ああ、もう大丈夫そうだ。やれ、助かったよ。悪かったね。
 そういうと、老朽船はぼくの船内に修理ロボットを帰してきた。
 ――テストしてみてください。それまでちょっと、近くを併走してます。
 言って、少し船体を離す。そうして、あらためて光学カメラで老朽船を眺めてみると、それは旧式のとんだロートルではあったが、白い、美しい船だった。整備された宙港以外に立ち寄ることのないぼくとちがって、調査のために単独で大気圏突入することもあるのだろう。無駄のないシルエットは、空気抵抗を少しでも減らすための、なだらかな流線型をしていた。あんな空想話を聞いたせいかもしれないが、それは希望をのせて運ぶのにふさわしい船に、ぼくの目には見えた。
 老朽船は、エンジンを震わせて軽くふかして見せた。滑らかな加速。ぼくもそれに合わせて、ちょっとの間自分の道を逆走しながら見守っていたが、問題はなさそうだった。
 ――では、気をつけて。よい航海を。
 ――感謝、感謝。よい航海を。
 ぼくは転回して、ようやく自分のルートに戻った。目的地までの航路を再計算。障害物の探査。燃料も動作も問題なし。
 星の密集するあたりに向かって、ぼくはエンジンをふかした。心地いい加速が船体を包む。
 ――もしも将来、ぼくらに職業選択の権利が認められる日がくることがあったとして。
 そのときにぼくがまだ現役の宇宙船だったら、学術探査船に転職なんていうのも、いいかもしれない。畑違いにはちがいないが、少なくとも、ミシンが自動ドアに転職するよりは、現実的な気がする。なんたって、同じ宇宙船なんだし。
 ぼくはそんなばかげた空想に心躍らせながら、探知した障害物を回避するために、進路を微修正した。

 

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お題:「鞭」「汎用」「悪友」
縛り:「目の悪いキャラを出す」「登場人物の美貌について描写する」「主人公が歳をとったと実感している(任意)」
任意お題:「視線」「五月蝿い」「罵詈雑言」(一部使用)


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