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 当初の心づもりの七日が過ぎても、私はまだ診療所の世話になっていた。
 ――路銀が心許ないのだろう。どうせ部屋なら余っている。
 医師がそう言ってくれるのに、一度は遠慮してみせたのだが、
 ――このあたりで宿と言っても、酒場の二階しかないだろう。あそこは暴利をとる。
 そう言われて、結局は好意に甘えることにした。医師が名指して言ったのは、まさしく私が死者の沼に向かう前に三日ばかり泊まっていた、酒場を兼ねた小さな民宿のことで、たしかに宿というのも馬鹿らしいようなものだった。虱の出る天井裏の雑魚寝で、相場の倍ほどの値段を取る。
 なにせ小さな町のことで、訪れる者自体が、そう多くはないのだ。ほかに宿らしい宿がなく、猟師が副業でやっているという唯一の酒場が、宿泊客から割高な料金を取るのも、まあ仕方の無いことではあった。
 死者の沼を訪ねるという目的は果たしたのだから、さっさと出立するのもひとつの道ではあったのだが、それでもあえて留まることにしたのには、理由があった。十日ばかり待てば、この町で市(バザール)が立つという話を聞きつけたのだ。
 各地を旅して回るには、少なからず路銀がいる。土地柄によっては、それこそ遠い異国の話のひとつでも語って聞かせれば、気前よく宿や食べものを振る舞ってもらえるようなこともあるが、当然ながら、そんなふうに手放しに旅人を歓迎してくれる土地ばかりではない。日払いの仕事にでもうまくありつければいいが、よそものを簡単に雇ってくれる仕事が、いつでもあるというわけでもない。それだから旅をして回る先々で、ちょっと珍しいような品を、安く仕入れておくのを習慣にしている。
 もちろん旅の邪魔にならないような、かさばらない品に限られてはくるのだが、その土地では安くで売られているような、たとえば宝石の屑石だったり、書物や細工物などというような品を仕入れておくと、よその土地では物珍しさから喜ばれて、運が良ければ高値で売れたりする。
 このときも、砂漠地方で手に入れた魔除け石や、高原地帯の植物の種など、少しは人の気を引きそうな品がいくらか手元にあったものだから、うまくすれば市でそれらを売って、治療代のいくばくかでも、医師に渡すことができるかもしれないと考えたのだった。
 何も日を待たずとも、売りつける相手を探せないわけでもないが、酒場に来るのはたいていわずかな現金収入を酒につぎこむような連中だし、何より市の活気のただ中にいる人間のほうが、財布の紐も緩むというものだ。

 そういうわけで、しばらく泊めてもらうことにはなったのだが、そうと決めた端から数日ばかり、患者に寝台を明け渡すことになった。
 雨の篠つく夕暮れ時、真っ青な顔をして診療所に駆け込んできたのは、まだ大人の胸ほどまでの背丈もない、小柄な少年だった。背中には弟だろう、よく似た顔立ちの小さな男の子を負ぶって、焦りにもつれる舌で、医師に助けを求めた。
 少年が状況を説明するあいだにも、血のしずくがぽたぽたと落ちて、診療所の床に染みを作った。医師は少年の背中から怪我人を下ろして、けわしく眉を寄せながら、脚の傷をあらためた。怪我人はまだようやく自分で歩けるようになったばかりといった、ほんの幼子だった。傷が痛むのか兄の剣幕につられて不安になっているのか、火がついたように泣いている。
 駆け込んできた少年の言うことには、彼にかまってほしくてあとを追いかけてきた弟が、足をもつれさせて転んだということだった。そこに折悪しく、不注意な誰かの手によって、刃の錆びた鉈が放置されていた。
 彼らの親を呼んでくるように、医師は少年にいいつけた。それから泣き叫ぶ子供を押さえて傷を繰り返し洗い、無残な傷口を縫い合わせると、薬を塗った。傷口はそのときにはすでに、見てわかるほど腫れはじめていた。
 嫌がる子供を、どうにかなだめすかして薬湯を飲ませおえたころになって、ようやくその両親が駆け込んできた。彼らはうろたえて医師に詰め寄り、ほとんど半狂乱のていで、どうか私たちの小さな息子を死なせないでくださいと、何度も繰り返した。
 その彼らに向かって医師は、熱を出すかもしれないからと告げ、様子を見るためにここにこの子を泊めると説明した。かくいうわけで、私は患者とそのつきそいのために客間を明け渡し、その晩からしばらくは、診療所の床で毛布にくるまって眠ることになった。
 そのささやかな客間に、両親ばかりか祖母だの叔母だのと、どうやら患者の家族が全員で押しかけてきて、ひっきりなしにすすり泣いたり、癇癪を起こして怒鳴ったり、慰めあおうとして失敗したりしていた。
 果たして医師の宣言したとおり、熱は出た。子供は眠ってはうなされ、目を覚ましては心細げに泣き出して、母親や兄を呼んだ。動転した彼の母親は、そのたびにつられて泣き出し、恐慌をきたした。彼らを宥めるのに苦労しながら、医師は男の子の熱を測り、着替えさせ、私に手伝わせて薬湯を作った。
 その大騒ぎのさなか、少年は、最初に弟を背負ってきたとき以来、ずっと黙りこくっていた。医師が気遣うように声を掛けても、両親からどうしてもっとよく弟を見ていなかったのかと責められても、意固地になったように口をきかず、膝を抱えたまま、弟の寝かされている寝台の、脚のあたりをじっとにらみつけていた。
 三日目の昼前になって、ようやく患者の熱は下がった。床の上でうつらうつらしていた彼の兄は、はっと飛び起きたかと思うと、静かに眠っている弟の顔をのぞき込んで、おそるおそるその呼吸を確かめた。
 ――おそらくは、もう大丈夫だろう。
 医師がそう口にしたとたん、それまでの意固地な態度が嘘のように、少年はいきなり声を張り上げて、泣きだした。
 張り詰めていたものが切れたのだろう。少年はなかなか泣き止まず、それまで何度も彼をなじっていた両親のほうが、ばつの悪い表情をして顔を見合わせる始末だった。眠っていた子供は、兄の泣き声に驚いて目を覚まし、つられて泣きだした。その様子を見て、周りの大人たちが笑った。
 ――錆びた金物の傷は、悪い霊を呼びよせる。そうしたものが体の中に入り込んで、あとになって悪さをすることもあるから、しばらくのあいだは、注意深く見ていなくてはならない。おかしな様子があったら、すぐにここに連れてくるように。
 なかなか泣き止まない少年に、医師は言い聞かせて、その薄い肩を叩いた。
 ――生きた人間がそばについて守っていれば、悪い霊は、近寄って来づらくなるものだ。弟がもう少し大きくなるまでは、お前がしっかり手をひいてやれ。
 少年は泣きじゃくりながら、何度もうなずいた。診療所を訪れていた近所の人々は、顔を見合わせて笑い、あるいは涙を浮かべて兄弟を見守り、中には近所中に大声でことの顛末を告げてまわる者までいて、とんだ大騒ぎになった。
 その様子を見ながら、ほっとして胸をなで下ろす一方で、同時にこの兄弟を、ひどくうらやんでいる自分に気がついた。
 私はかつて、自分の小さな弟を守り切れなかった。
 それだから彼のような医師が、私の村にもいてくれたならと、せんのないことを、つい考えてしまう。
 医師というのも名ばかりの、怪しげな流れ者が、手妻のような怪しげなわざで貧しい人々から金を巻き上げるところならば、いくらでも見る。あるいは腕があっても、金持ちしか相手にしないような、鼻につく連中は多い。だが彼のように、欲得のからまないところで患者の身を案じる医者に出会うことは、稀なことだった。
 なかなか泣き止まない兄弟を呆れ調子で宥めながら、医師がわずかに微笑んでいることに、私は気がついた。
 それまで一度も彼が笑っているところを見たことがなかったので、おやと思って見ていると、医師は私の視線に気がついて、すぐに微笑を消し去り、目を伏せた。まるで笑ったことを、恥じてでもいるかのように。
 滞在中、私が彼の笑顔を見たのは、そのときのたった一度きりだった。

 市がたつのを待つあいだ、医師がよしておけと言ったぼったくりの酒場にも、私はときどき顔を出した。といっても泊めてもらうためにではなく、食事をとるのが目的だった。何から何まで医師の世話になりっぱなしというのも、少しばかり気がひけた。
 酒や料理のにおいよりも、莨(たばこ)の甘いにおいのほうが鼻につく、小汚い店だ。小さな町で、顔見知りばかりが毎夜のように集まるものだから、いつ行っても店主も客も、一緒くたになって酔っ払っている。
 しかし田舎のこぢんまりした酒場というのは、むしろ都合がよかった。交易のさかんな都市ならば、異国の話などそれほど珍しくもない。くらべてこうした小さな町では、たわいのないような話でさえ、たいてい喜んで聴いてもらえる。近隣諸国の風聞や交易品の相場などを、居合わせた人々に話して聴かせれば、ちょっとした食事や酒くらいは、誰かが奢ってくれた。
 実を言えば私は酒には弱くて、たいして飲めはしないのだが、木の根から作るとかいう苦くてくせの強い酒を、つきあい程度に舐めながら、実に節操なく様々の話を、手当たりしだいに語って聞かせた。
 北はシャガラ連峰の、しじゅう雪に閉ざされた頂と、その氷を南方へ運んで切り売りする、たくましい行商人たちの暮らし立てのことを。南は灼熱の大河からもうもうと吹き上げる蒸気と、その上空を平気な顔をして飛んで行く、翼の強い鳥の話を。
 遠い異国の風聞を、辺境の人々はなかなか信用しないか、あるいは逆に、むやみやたらと大げさに受け取りがちなものだ。酔っ払いばかりを相手にしていたというのもあって、私の語った話が、おかしな具合に脚色されて、彼らの周囲の人々に広がってゆく様を、私は無責任に楽しんでいた。三日前に私が話して聴かせた、北方の海上生活者たちのことが、どのようにして彼らの想像のなかでふくらんだものか、いつのまにか島ほどもある巨大な亀の甲羅で釣りをして暮らす人々ということになっている。
 一時が万事そういう調子で、私のほうでも面白がって、あえて誤解を解こうともしなかったから、いつか現地の人々がこの土地へやってくることがあったら、さぞ迷惑をすることだろう。
 そうした話のあいまに、ときおりふっと神妙な表情になって、私の顔をのぞきこむ者があった。たいていは何か言いたげにしながらも、そのまま言葉を飲み込んでしまうのだが、なかには話しかけてくる人間もいた。
 ある晩、赤毛の太った男が、やけになれなれしく私の肩を叩いて、笑いかけてきた。
 ――いや、あんたも変わり者だな。
 思わず眉をひそめたのは、男の声音に何か、含みのようなものがあったからだ。人から変わり者と呼ばれること自体には慣れていた。行商というわけでもなく、役人のように公用でもなく、ただふらふらと各地を放浪してまわる人間自体が、そう多いわけもない。だが彼の笑い方には、もっと違う意味があるように見えた。
 私が返事を選びあぐねていると、案の定、男は同情と好奇心の混じり合った、厭な笑い方をして、
 ――あの陰気な男と二人で顔をつきあわせていて、気が滅入りはしないのか。
 そんなふうに言ってきた。私はつとめて嫌悪感を顔に出さないように、
 ――別に、そんなことはないが。
 そう曖昧に逃げたのだが、その返事を聞いた男が、何も言わずともよく分かっているというように、勝手に合点して何度もうなずくものだから、
 ――患者に慕われている。よい医師だと思う。
 ついそんなふうに、言わずもがなの言葉を足した。その声が、思った以上に強い語調になっていることに気がついて、私は心のうちで、少しばかり焦った。放浪の身の上で、土地の人間と諍いを起こしていいことは何もない。
 だが幸いにもと言うべきか、男は怒り出しはしなかった。ただ、いささか鼻白んだような顔をして、
 ――そうかい。
 それだけ言うと、さっさと離れて別のテーブルに行ってしまった。

 その晩の帰り道、霧に巻かれた。地形のせいか、この町では毎晩のように靄が出る。その夜は一段と霧の密度が高く、自分の足元でさえ、かすんで見えるような始末だった。
 すぐ道の脇には民家が建ち並び、人々の暮らしが営まれているはずだというのに、霧が音を吸うのか、あたりはしんと静まりかえって、自分自身の足音でさえやけに遠く聞こえる。しばしば人の誰もいない廃墟の町を歩いているかのような錯覚を覚えた。そうかと思えば、道の向かい側から歩いてきた人物と、あわやぶつかりそうになったりする。
 ぶつかればまだしも生身の人とわかるが、思いがけずすれ違ったりすると、その気配もひどく朦で不確かなものに思えて、うそ寒いような心持ちがした。
 死者の沼の話を初めて耳に挟んだとき、ずいぶんと身近な冥界への入り口もあったものだと呆れたが、あとにして思えばそれもそのはずで、このあたりの人々にとって、死者との距離は、そもそもひどく近いらしかった。
 注意深く聴いていれば、ここらの人々はとうの昔に死んだ人間について語るときにも、まるでいまでもすぐ傍にいるかのように話すのだった。それというのも、このあたりの言い伝えによれば、死者の魂のゆく世界と自分たちが生きているこの世界は、同じ場所に重なり合って存在しているのだという。普段は私たちの目に死者は見えず、死者の目にも私たちの姿は見えないが、こんな霧の夜には両者の境が不確かになるのだと。
 そんな話を聞かされていたからか、つい早足になった。路地の両脇に立ち並ぶ家々に、石造りのものはめったになく、ほとんどが木の骨組みと、土を固めた壁でできた建物だ。柱はこの湿気にやられて、ところどころ腐りかけ、じきに崩れそうに見えるものさえある。砂漠のように干し煉瓦が作れるわけでもなく、いい石の採れる場所も近くにはないものだから、人々は腐りやすいのを承知で木を材に使うのだ。不便をおして、手入れをしながらそこに暮らし、いよいよどうにもならなくなれば建て直す。作り直すだけの余裕のない者は、いつ崩れるともしれない家にそのまま暮らしている。
 そういう家の脇を通りかかると、なかでは普通に誰かが暮らしているはずだと頭では思う一方で、それこそ死者の街に彷徨いこんだのではないかなどと、益体もない考えが頭を掠めた。

 急ぎ足で診療所に戻ると、とうに眠っているかと思った医師は、起きてぼんやりと窓の外を見上げていた。分厚い霧に遮られて、星一つ見えない空を。
 ふっと夢から現に帰ってきたように、医師は私のほうを振り向いて、
 ――酒場に、ヨクルは来ていただろうか。
 そんなことを訊いてきた。
 ――赤毛の、小太りの男だ。左の顎に傷跡のある。
 その特徴はまさに、あの厭な笑い方をした男のものだった。
 ――ああ、来ていた。ずいぶんと飲んでいたようだったが。
 ――顔色はどうだった。顔や首に、おかしな斑点が出てはいなかったか。
 その言葉で、あの男も彼の患者なのだとわかった。そしてしばらくこの診療所から、足が遠のいているらしいということも。
 ――さて、そういうことはなかったようだが。
 ――そうか。
 医師はそれ以上の説明をしなかったが、それでもあの男の体を心配しているらしいことはくらいはわかった。赤毛の男が彼について語った言葉の調子と、その相手の身を案じる目の前の医師との温度差に、私はこの孤独な男のことを、少しばかり気の毒に思った。
 ――あんたも、酒でも飲めば、ぐっすり眠れるのではないか。
 思わずそう言ったのは、彼の奇妙な夢歩きが、いささか気がかりだったためだ。酒の力を借りて酔いつぶれれば、夢うつつに寝台から抜け出すこともできぬほど、深く眠れるのではないかと考えたのだ。だが医師は首を振って、ただひと言、
 ――酒は、飲めないのだ。
 そう答えた。静かな口調だったが、そこにはそれ以上の追及を拒むような響きがあった。
 彼の口数の少ないのは最初からのことだったのだし、それまでは沈黙を気まずく思うこともなかったというのに、このときはやけに息苦しく感じられて、私は無理に話題を変えた。
 ――私も酒には、あまり強くないのだが、酒といえば、ここからはずっと北東の、高原地帯の部族に世話になったことがあって……
 取り繕うような話題の転換は、我ながら白々しかったが、医師は特に気を悪くしたようすもなく、耳を傾ける気配を見せた。
 ――そこの連中は、とにかく毎日、浴びるように酒を飲むんだ。それは何も、彼らが怠け者だからというのではなくて、彼らなりの信仰というか、信条のようなものがあってのことらしいのだが。
 話しながら、当時の記憶が蘇ってきて、私は苦笑した。そのあたりが非常に寒い地方で、酒の力を借りて体を温めなくてはならないというのもあるのだろうが、それにしても、ほんの子供まで酒を飲むのだから、やはり変わった連中だった。
 ――彼らが言うには、酒に酔ったときに見せる顔こそが、その人間の本性だというんだな。それだから、酒を飲みたがらない人間は、信用できないのだと。
 そう言われれば、飲まないわけにもいかない。そのとき私はその部族のもとに、半月ばかりも滞在したのだが、その間、毎晩のように宴会が繰り広げられた。異国の客を歓迎する気風があるのは、こちらの身上からすれば有難いことではあったのだが、
 ――もう呑めない、これ以上は無理だといくら言っても、とにかく強引に呑まされる。しまいには気分が悪くなって吐いても、皆、げらげら笑っているんだ。あのあたりにはどうやら、酒に弱い人間というのがいないようだから、私の情けないようすが、可笑しかったのだろうが。
 そんな話をしたのも場つなぎというか、単なる軽口のつもりだったのだが、いつからか医師がやけに真剣な顔をして、じっとこちらを見つめていることに気がついて、私はつづく言葉を飲み込んだ。
 居心地の悪い沈黙のあとに、やがて医師はふと目を伏せて、
 ――そうか。酒に暴かれるのが、人の本性か。
 そう呟いた。そこには何か、妙に真剣な響きがあって、軽口のつもりだった私は妙に慌てた。
 ――さて、どうかな。一理あるといえば、あるような気もするが、しかしもっと西の低地にゆけば、そこでは酒は、悪霊を体に呼び込む霊媒だといって、忌み嫌われている。
 だが続く私の言葉を、医師は、ろくに聴いていないようだった。私が会話の接ぎ穂に困っていると、彼は唐突にこちらを振り返って、
 ――死者の沼に、行ってきたと言っていたが。
 そんな話を切り出してきた。急な話題の変化に、今度はこちらが目を白黒させる番だった。
 ――ああ、そうだ。そこで虫に食われて、ここに運び込まれたんだ。
 ――お前には、聞こえたのか。
 重ねられた質問にとっさに答えられなかったのは、何を訊かれているのか、すぐに理解できなかったからだ。
 一拍遅れて、ようやく察した。死者の声は聞けたのかと、彼はそう訊ねているのだ。
 ――いや、残念ながら。
 ――そうか。
 医師はそれだけ言って、目を伏せた。


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