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 どこか上の空のまま、わたしの十五の年は過ぎていった。
 想像の中のものでしかないはずの遠い風景は、いつの間にかわたしの中に深く根付いてしまっていた。まばゆいほどの星明かりに彩られた、広く高い空。乾いてひび割れた大地の上に点在するオアシス、まばゆい光にきらめくその水面。水辺で眼を輝かせて剣を振るう子どもたちの姿。はるかな遠い異国に暮らすという細工師が、背中を丸めて銀の髪飾りに鳥を彫りつける、その工房に響くであろう鑿の澄んだ音でさえ、わたしはまるでこの耳で聞いたことがあるかのように、ありありと思いうかべることができた。それらの空想が、実際の光景とどれほどかけはなれているかは、知りようもなかったけれど。
 ああ、この目でほんとうの砂漠を見ることができたなら!
 サフィドラの月が終わりかける頃になっても、ふとすると心はすぐに現実を離れて、空想の中をさまよった。
 ヨブはまだ、旅の途中だろうか。そんなことを考えながら針を使っていて、ただでさえ不器用なこの指が、まともな縫い物をできるはずがない。何度目かに指先に穴をあけたわたしを、カナイが鼻で笑った。
「あきれた。本当にいつまでたっても、ちっとも上達しやしないのね。十にもならない子だって、もっとましなものを縫うわ。恥ずかしいったら」
 わたしは顔を上げて、カナイを睨んだ。似たようなことは、ほかの姉さんたちだって口にする。だけどそれらの言葉にはいつでも、しかたのない子ねという、親しみを含んだからかいがあった。カナイは違う。その声には、わたしを傷つけたくてしかたがないという、悪意がはっきりとにじんでいた。
「そんな調子で、あんた、いったいどこにお嫁にいくつもりなの? あんたみたいなおかしな娘をもらってくれる人なんて、里じゅうを探したって、みつからないんじゃないの」
 カナイの意地悪な態度に、わたしはとっくに慣れて、あきらめていたつもりだった。だけど、ときには堪えるひまもなく、かっとなってしまうこともある。
 このときがそうだった。わたしはヨブが行ってしまって気がふさいでいたし、以前よりも嫁入りの話を頻繁に繰り返すようになった母さんに、苛立ってもいたのだった。
「お嫁に行きたいなんて、一度だって思ったことはないわ」
 叩きつけるようにそういうと、カナイは鼻で笑った。
「へえ。それで、どうするの。本とでも結婚する気? 虫食いだらけの、ほこりっぽい紙きれの束と? ああ、それならあんたにはお似合いかもしれないわね」
 わたしはカナイに掴みかかろうとした。実際のところ、ほとんどその寸前までいったのだった。頭の芯がじんじんと痺れていた。悔しかったし、悲しかった。カナイがとっさにすくめた肩を、掴んで、思い切り揺さぶってやりたかった。どうしてそんなことしか考えられないのと、問い詰めたかった。
 書物のなかで、どれほど豊かな物語が読まれるのを待っているか、カナイは知ろうともしない。古い時代を生きた人々が、いまのわたしたちとどんなに異なった暮らしを送っていたか。この里の外に、どれほど広大な世界が広がっているかということを。たった一度でも、想像してみたことがあるかと、問いただしたかった。
 けれど、そうした思いが、どんなに言葉を尽くしても、カナイに届くことはないのだと、胸のどこかでわたしはそのことを、わかりすぎるくらいにわかっていた。それに、わたしにはあまりにも、いえないことが多すぎた。誰にも話せないことが……。
 わたしは結局、振りあげかかった手を下ろして、カナイに背を向けた。なによと、虚勢と侮蔑の交じった声が追いかけてきたけれど、わたしは振り返らなかった。そのまま裁縫室を出て、足早に歩いた。
 どうしてカナイはわたしにだけ、あんなふうに意地悪な口をきくのだろう。
 ほかの人に対しては、カナイはふつうに接している。ときおり皮肉な口をきくことはあっても、それは誰かがそそっかしい失敗をしてカナイに迷惑をかけたときか、そうでなければ、明らかに相手に非のあるときだ。それなのにわたしにだけは、取るに足らないような小さなことまで一々あげつらって、意地悪をいう。カナイはわたしのすることなすこと、全てが気に入らないのだ……。
 どうしてこんなふうになってしまったのだろう。
 悲しくなって、わたしは唇を噛んだ。姉さんたちも次々に嫁いで、いまはもう三人しかいない姉妹なのに、どうしてこんなふうに、いがみあっていなくてはならないのだろう。
 どんなふうに振る舞えば、カナイを苛立たせなくてすむのだろう。そんなふうに、冷静に考えてみようともした。けれど、どうしてカナイはわたしのことを、これっぽっちもわかってくれようとしないのだろうと、そんなふうに拗ねてみせる自分の声のほうが、いつも少しだけ、勝っていた。
 気がついたときには、わたしは勉強室の前にいて、ぼんやりと立ち尽くしていた。垂れ布を透かして、中からかすかに明かりが漏れていた。
「どなたか、いらっしゃいますか」
 声をかけると、中で誰かが本を机に置くような気配があった。「入っておいで」
 かえってきたのは、導師の声だった。その声音は、とても温かかった。わたしはためらったけれど、結局は垂れ布をかきわけて、勉強室へと足を踏み入れた。
 部屋のなかにはいつものように、古い紙とほこりと、それから蝋燭の燃えるにおいがしていた。わたしが空気を動かしたためだろう、炎がかすかに揺れて、壁にうつる導師の影をそっと揺すぶった。
 中にいらしたのは、導師おひとりだった。
 男のひとと同じ部屋で、それも二人きりで過ごすなんて、それこそ家族でなければ、とんでもない話だ。けれど男といっても、導師くらいのお爺さんだったら、うるさくいう人もそういないし、なにより導師はわたしたち姉妹に、ほんとうの家族と思うようにと、そう仰ってくださる。
 それでも姉さんたちは、導師とさし向かいで話すのが、とても苦手なようだった。カナイやほかの姉さんたちが勉強室によりつかないのは、ただ本が好きでないからというだけの理由ではない。
 緊張するというのは、わからないことではなかった。導師はとても偉い方なのだから。でも、それと同時に、おひとりの人間なのだ。
 そんなふうにわりきれないと、姉さんたちはいうけれど、導師ははやくに奥様をなくしていらして、子どもがない。わたしたちに家族と思ってほしいと仰っているのは、ほんとうのことだと思う。姉さんたちが距離をおくのを、導師が寂しく思っておられることも、わたしはずっと前から知っていた。
「トゥイヤ、先に頼んだ記録の写しは、どれくらい進んだかね」
 わたしは棚から紙束を取り出して、導師にお見せした。
「もうあとほんの少しです。お急ぎでしたら、いま、続きをおわらせてしまいます」
「いいや。二、三日のうちに仕上げてくれれば充分だ」
 導師はいって、微笑んだ。「お前はほんとうに、読み書きが達者になった。この家の男たちの誰ひとり、お前ほど早く正確に書物を写すことはできないだろう」
 わたしは頭を下げた。導師は子どもたちのよいところを、手放しでたくさん褒める方だ。そのお言葉も、そんなふうなものの一つだったのだろう。けれど、わたしは急に胸が詰まってしまった。
「どうしたね」
 穏やかな声に促されて、わたしは胸のつかえを吐き出した。
「わたし、お嫁になんかいきたくありません」
 導師は首をかしげて、話の先を促された。それに勇気を得て、わたしはずっといえずにいた一言を、ようやく口に出した。
「ずっとこのお邸の娘でいさせていただくわけにはいきませんか」
 わたしの剣幕に、蝋燭の火がゆれて、机にうつる影が歪んだ。導師は瞬きをして一呼吸おき、それからゆっくりと仰った。「そういうわけにはいかない」
 わたしは失望して肩を落とした。導師がそれをおゆるしにならないのであれば、わたしが何をどう母さんに訴えたところで、きいてもらえるはずがなかった。
 だけどここを出て、わたしの居るべき場所がどこにあるというのだろう。読み書きの機会を奪われて、遠い異国の話を耳にすることもなければ、菜園を任されることすら、おそらくはない。女はただ家事と歌を歌うことと、夫の言葉に相槌をうつ以外には、何も求められない。そのような暮らしの中で、わたしにできることがあるだろうか。
「お前の母からは、相手はムトを考えているときいたが」
 導師はそう仰った。わたしは頷いたけれど、導師の顔を見ることはできなかった。
「あの子がここに学びに来ていた、ほんのいっときの様子しか、わたしは知らないが。しかし話をした印象では、とても気持ちのよい青年だったよ。何ごともおろそかにしない、思慮深い子だった。お前とはきっと、気が合うだろう」
 導師もまた、わたしが子どもじみた人見知りから結婚を怖がっているのだと、そう思っておられるようだった。わたしはうつむいたまま、ただ唇を噛みしめていた。導師はかすかなため息を漏らして、それから仰った。「さて、どうしたものか。お前の望まぬことを、強いたくはないのだが……」
 けれど、ここにずっと留まることを許すわけにはいかないのだと、導師はみなまで仰らなかったけれど、その声の響きだけでも、十分すぎるほど伝わってきた。
 少しのあいだ、沈黙が落ちた。それから導師はふっと、遠くを見るような目をされた。
「智恵が必ずしも、人を幸福にするとは限らぬ……」
 ゆっくりと、導師は諳んじた。それは、古い物語からの引用だった。「お前の母の心配も、私には、わからないではないのだ」
「――智に対して眼を塞ぎ、真実を求めることをやめてしまったならば、たとえこの心臓が動き続けていたとしても、わたしの魂は死にいたるでしょう」
 わたしもまた、べつの書物からの引用で答えた。「知ることをやめ、考えることをやめて、どうして生きていられるというのです?」
 導師は困ったように微笑まれた。けれどその笑みの中に、喜びもまた含まれていたように、わたしには感じられた。それともそれは、都合のよい思い込みだっただろうか。導師にとっての自分が、ただきかん気の強い末娘というだけではなくて、役に立つ弟子のひとりでもあったと考えることは。
「お前のように健やかで賢い娘を、この邸に縛り付けて、年寄りの世話ばかりさせておくわけにはゆかぬ」
「縛るだなんて。わたしはここが好きなのです」
 ああ、わかっているとも。導師は優しく仰ったけれど、わたしは悲しくなった。
 思えば小さいころには、よくわがままをいって、こんなふうに導師にあやされたり、なだめられたりしていた。思い出して、わたしは唇を噛んだ。導師にとってもまた、わたしのいうことは、所詮は子どものわがままなのだ。
 わたしが何をいっても、みな、幼い子どもをあしらうように、お前はまだ嫁いで子を持つ幸福を知らぬだけなのだという。女たちばかりか導師でさえそうなら、この餓えるような思いを、誰がわかってくれるだろう。まだ見ぬ遥かな地を、遠い過去や未来のことを、どうしようもなく知りたいと願い続けてしまう、この心を。
 失望するわたしの様子を、導師はいっとき、その白い膜のかかった目で、見つめておられた。
「さて。何か、考えてみることにしよう」
 いつまでも嫁がずにいてよいとは、いえないが。導師はそんなふうに、微笑まれた。「お前の幸せは、私の望みでもあるのだよ」
 その優しいまなざしを見つめ返したとき、いっそ隠し事の何もかもをさらけ出してしまいたいという、唐突な衝動に駆られて、わたしは息を詰めた。来年の不確かな約束のこと。使者が歌うように語った遠い火の国の情景。懐にずっと隠し持っている、銀の髪飾りのことを。
 けれど結局、わたしはただ黙って頭を下げ、やりかけの写本を棚に片付けて、勉強室を後にした。

 その頃から、わたしはときおり、夜更けにひとりで邸を抜け出すようになった。
 母さんも姉さんたちも、すっかり寝静まっている時間。誰かに見つかったら、ひどく叱られるに決まっていたけれど、それでもいいと思っていた。
 足音を忍ばせてひとけのないヤァタ・ウイラを辿り、邸の外へ出ると、いつもほんの少し、息がしやすくなった。
 人目につかぬようにと、明かりのひとつももたずに出かけると、夜の通路は暗かった。ヒカリゴケの明かりは、夜になると弱まる。それでもよく見知った路だけあって、歩くのにさしたる苦労はなかった。何より、わたしはもっと、暗い場所を知っていた……。
 わたしはかつて、暗闇の路に足を踏み入れたことがある。
 葬儀のために、皆とつれだって死者の川のほとりまでいったことなら、誰にでも経験のあることだろう。けれどそうではなく、いつかの幼い日、わたしは誰にもいわず、ひとりで里を抜け出したのだった。
 なぜそんなことをしようと思ったのか、じつはよく覚えていない。姉さんたちと喧嘩でもしたのかもしれないし、いつか参列した叔母の葬儀のときに、お前の父もこの川をくだっていったのだよと、そう聞かされたためだったかもしれない。
 十になったばかりの頃だった。うるさく鳴る心臓をしずめようと、自分の胸に手をあてて、もう片方の手で壁をさぐりながら歩いた。真っ暗闇の中を、ひとりきりで。
 里の中なら、昼間であればどこにいても、いつも誰かの話し声が反響して聞こえているものだ。しかし暗闇の路では、自分の足音のほかには、ほとんど何の音もしなかった。
 静寂というものを、わたしはそこで生まれてはじめて体験した。立ち止まるたびに、自分の耳がおかしくなったのかと思って、何度も頭を振った。死者の川を下った先にある、水底の国というのは、こんな場所だろうかと、そう考えたのを覚えている。
 その静まり返った場所で、かすかな生き物の気配がするたびに、わたしは震え上がって足を止めた。母さんから寝物語に聞かされていた、暗闇の路にひそむおそろしい獣、毒をもつ蜘蛛や蛇たちや、ひとの心に忍び込んで惑わすという姿のない魔物の話が、頭の中をぐるぐると回っていた。
 里から遠ざかるほど暗闇はますます深くなり、まったく何も見えなくなるまでに、たいした時間はかからなかった。
 分かれ道がたくさんあって、迷えば戻れないという話が、きゅうに身に迫って感じられた。わたしは歩きながらずっと、片方の手をごつごつした岩肌に触れさせていた。この壁を辿りながら引き返せば、必ずもとの場所にたどり着くはずだと、自分に言い聞かせて。
 やがてわたしは暗がりで転び、膝をすりむいて、ひとりで泣いた。その声が暗闇の中で幾重にも反響することに怯え、泣き止んで、嗚咽をこらえた。跳ね返るうちに篭もって歪んだ自分の声が、魔物のそれのように思えたのだ。実際に、残響が暗闇に吸い込まれて消える一瞬、わたしは自分のものではありえない誰かの呼びかけを、その中に聞いたように思った。こっちへおいで、と。
 怖くて、怖くて、それでも勢いよく走って逃げるには、あたりは暗すぎた。足を引き摺り、泣きべそをかきながらもと来た路を辿って、ようやく里の明かりが見えたときには、わたしの顔は涙でぐちゃぐちゃだった。邸に戻って家族に顔を見られる前に、どうやって人にしられずに顔を洗うか、わたしは子どもなりに知恵を絞らねばならなかった。あのとき、まるで半日もずっと歩き続けていたかのように思えていたけれど、帰ってすぐに、日暮れの鐘が鳴った。実際にはたいした時間は過ぎていなかったのだ……。
 あの静寂、おそろしいもののひそむ真の暗闇にくらべたら、ヤァタ・ウイラのちょっとした暗がりなどは、どうということもなかった。すぐ近くに誰かが寝息をたてていることがわかっている、このような場所では。
 菜園にたどりついて、わたしは足を止めた。
 空気は、とても清々しかった。首を上げて、わたしは深呼吸を繰り返した。ここの天井は、とても高い。高すぎて、どこに天井があるのかわからないほどだ。
 もっとも、天井が見えないのはそのためばかりではなく、いつも光が差し込んでいるからでもある。明るすぎて、たしかには見定めがたいのだ。
 夜に降り注ぐ光は、その時どきによってずいぶん明るさが変わる。それでも昼間とは違って、もっとも明るいときでさえ、眩しすぎて目のつぶれるほどにはならない。
 隅に座り込んで、胸元からそっと髪飾りを取り出すと、銀細工は天からの光を受けて、きらきらと輝いた。
 いつ見ても、細工の鳥は美しかった。その生き物が、高いところを優雅に飛ぶという様子を、わたしは想像した。
 髪に挿すといいとはいわれたけれど、けしてほかの人に見られるわけにはいかなかった。わたしはこの細工をずっと身につけて、水浴びのときにも、けしてほかの娘たちの目に触れることのないように、慎重に衣服のあいだに隠していた。
 それにしても、この細工のきれいなこと!
 銀なんて、あんな重たいばかりの塊をたくさんもっていって、火の国の人たちはいったい何に使うのだろう――以前にはそんなふうに不思議に思っていたのだけれど、その答えが手の中にあった。磨いてこれほど美しくなるというのなら、ひと月も歩いて運ぶだけの甲斐もあるだろう。それにこうやって光の中で眩しく煌めくのなら、ここよりもずっと明るいという火の国にあっては、いっそう美しく輝くに違いなかった。
 この細工を差し出したヨブの手を、わたしは何度も思い出した。大きな浅黒い手の甲。長く、節くれだった指。それでもわたしたちの手と、それほど大きくは違わないのだと、そう思ったことを。
 ああ、けれどヨブはたしか、はじめてわたしたちの姿を見たときには、驚いたといっていた。目が青く光るとも。だけど、手が二本しかないとはいわなかったし、怪物のように違うということはないだろう。
 ヨブと話していて、驚くことは数え切れないほどあったけれど、それでも彼が、人間ではないもっと特別の存在で、ひとのいうような神の使いなのだとは、わたしは思っていなかった。そう、導師がとても偉い方であるのと同時に、ひとりの人だと思うように。
 こんなことを口に出していえば、それこそ不遜だといって咎められてしまうだろうけれど。

 不遜。不遜というなら、わたしはもっととんでもないことを考えていた。
 きっかけは、暦だった。ヨブの話を聞いたとき、わたしたちの暦はかつて火の国からもたらされたのだろうと、わたしはそう考えた。
 だけど、自分で思いついたこととはいえ、その仮定は、どこか妙な気がした。わたしは何度となく、その違和感の理由を考えてみた。そうしてあるとき気付いた。わたしたちの祖先のもとに、この里にはじめて火の国からの使者がおいでになったのは、いつのことだったのか?
 そのときの記録を、わたしはたしかに、この目で見たことがあった。そしてその記録には、すでに暦が記されていたのだ。ファティス暦三年、サフィドラの月の一日と。
 どういうことだろう? 暦が火の国からもたらされたというのは間違いで、使者がやってくる前から、すでにわたしたちはそれを用いていたのだろうか。けれどそれならば、月の名前に、火の国に独自の言葉を使っていたのはおかしい。
 いや――わたしは首を振った。そもそもその記録自体、最初に書かれたものの写しなのだ。あとになって、誰かが後年の暦にあわせて日付を書き換えたのかもしれなかった。
 それとも、移住よりももっと前から、わたしたちの祖先は、火の国の人々と何かしらの親交があったのだろうか。そう考えれば、無理がないように思えた。
 そんなふうに考えていたとき、突拍子もない思いつきが、わたしのなかにぽっかりと浮かび上がってきた。
 わたしたちの祖先は、はるか昔、神々から水を奪われて、やむなくこの里へ移り住んできたのだという。長くけわしい、暗闇の路をこえて。
 ――暗闇の路の、そのむこうには、何がある?
 その考えに至った瞬間、わたしは激しく首を振って、あわてて自分の思いつきを打ち消そうとした。けれど一度考えついたことは、消えてなくなってはくれなかった。
 わたしたちの祖先は、火の国からやってきたのではないの?
 だからわたしたちは、星の名前を用いた、かれらと同じ暦を使っているのではない?
 セイラ・ウェルヤ。星の数ほど、というその言葉のことを、わたしは思い出した。そのいいまわしもまた、火の国からやってきたのだろうか? そんなふうに、遠い異国の想像しがたいようなたとえが、わたしたちの言葉に、当たり前のように深く根付くものだろうか? 誰も疑問には思わなかったのだろうか、星(ウェル)とはなんだろうかと。
 わたしたちの祖先は、空に広がる数えきれないほどの星々を、その目で見ていたのではないの?
 暗闇の路はとても複雑に入り組んで、長く広く、どこまでも続いているという。火の国へ続く路は、そのなかのひとつに過ぎないのだと。だからその考えは、ほんとうにただの思いつきで、何も確証のあることではなかった。
 だけどもし。もしもその突拍子もない思いつきが、本当のことだったとしたら。
 わたしたちは、火の国へゆくことだって、出来るのではないだろうか。この眼でみわたすかぎりの砂漠を、星のしるべが無数に煌くという天を見ることだって、できるのではないか。
 ひとの暮らす火の国が、燃え盛る炎に包まれた土地だなんて、ほんとうにそんなことがあるだろうか。火の国の人々は、神の加護によって炎に焼かれることのない肌を持っているのだと、これまでいわれたとおりに信じてきたけれど、そのようすを目の当たりにした者が、いったいどこにいるだろう。
 かつて炎の乙女は、火の国に踏み入って、炎に焼かれて死んでしまった。けれど、あの歌がただの作り話ではないのだと、誰に証を立てることができるだろう?
 その考えが頭をよぎるたびに、わたしはぎくりとして身をすくませた。心臓は恐怖に縮み上がり、忙しない鼓動を鳴らした。
 何度となく、自分に言い聞かせようとした。そんなのは子どもじみた空想だ、自分につごうのいい夢物語だと。
 だって、もし仮にその考えが当たっているのだとしたら、どうして誰も火の国へいってみようとしないの? そう思う一方で、もうひとりの自分がいう。みな、まさかそのようなことは、夢物語にも思わないからだ。
 火の国へゆけば、炎に焼かれて死んでしまう。もしそれらの話が嘘だとしたら、誰がなんのために、そのような嘘をついたのか。
 あれほど詳細な記録を残しつづけている代々の導師が、なぜ移住の前のことは、ほとんど記していないのだろう。もっとも古い記録は、そう、あの神話なのだった。一族の移住にまつわる英雄譚。あれよりも古い記録は、残されていないのだ。
 そのことを、これまで一度も疑問に思わなかったわけではなかった。けれど、過酷な旅のあいだには、誰も書物を持ち歩くような余裕はなかったのだろうと、そんなふうに納得していた。以前の記録はそのときに失われてしまったのだろうと。
 だけど、それがもし、故意に隠されているのだとしたら?
 ――智恵が必ずしも、人を幸福にするとは限らぬ。
 導師の声が、ふいに耳に蘇った。知らないままでいるほうが幸せなこともある。導師が引用したもとの書物は、そのような訓話ではなかっただろうか。
 考えは四方に散り、だからといって何ができるでもなく、わたしは自分の想像に怯えた。
 ああ、人にはいえないようなことばかり!
 炎を待たずとも、自らの考えの罪深さに焼かれて死んでしまうのではないか。ときにはそんなふうに考えることさえあった。そんなとき、わたしは手の中の銀細工を握り締めて、恐怖が去るまで、じっと膝を抱えていた。

 やはり菜園へ忍び込んで物思いに耽っていた、ある晩のことだった。
 長い時間をそこで過ごしたあと、わたしは服についた土を払い、立ち上がった。戻って寝床に潜り込むつもりだった。
 空気はつめたく澄んで、見上げると、天から降り注ぐ白い光は、眼の痛くなるような眩しさだった。ヨブの語った砂漠の空、眩しいほどになるという星明かりも、こんなふうだろうか。そんなことを思いながら、わたしは菜園をはなれた。
 そのとき、人の話し声がした。
 わたしはとっさに息をつめて、その場で立ち止まった。誰だろう、このような時間に。耳を澄ますと、話し声はどうやらすぐ近く、竈のあたりから聞こえているようだった。
 近くの家々の女たちが共同で使う竈だ。真夜中に用のあるものなどいるはずがない。訝しく思って、わたしは耳を澄ました。
 よく聞けば、ひとつはカナイの声のようだった。わたしは意表をつかれた。カナイがこんなふうに夜中に抜け出すことがあるなんて、思ってもみなかった。けれど考えてみれば、あのお邸の中が窮屈でたまらないというのが、姉さんの口癖だった。もし彼女がひとりでここにいるのだったら、わたしはそれで納得しただろう。けれど、聞こえてきたのは二人ぶんの声だった。
「――帯をありがとう、カナイ」
 わたしは打たれたように立ちすくんだ。それは低い、男のひとの声だったのだ。
 先にカナイが縫っていた、男物の帯。急に裁縫が好きになったカナイの、嬉しそうに針を使う横顔が、脳裏をよぎった。
「このつぎは、いつ会えるの?」
「――わからない」
 わたしはぎゅっと自分の服の裾をつかんだ。カナイの声は、いつもの調子とはまるで違っていて、切実な、すがるような響きをしていた。
 それと対照的に、男のひとの声には、ためらうような間があった。
「だけど、もう会わないほうが……」
「いや、そんなの!」
 叫んで、カナイは口をつぐんだ。声が響いて、誰かに聞かれることをおそれたのだろう。それからひそめた声で、カナイはいった。「ねえ、お願いよバルトレイ――」
 どきんと、強く心臓が跳ねた。わたしはその名前を知っていた。導師のもとに通う青年たちのひとり。カナイと曽祖父を同じくするという、そのひとの名前だった。
 わたしは状況を理解して、悲鳴を上げそうになった。かろうじてそれを飲み込むと、足音を立てないように、じりじりと後ずさって、菜園へ引き返した。
 握りしめた手が、ひどく冷たくなっていた。お願いよと、すがるようなカナイの声が、耳の中をぐるぐると回った。
 ああ、なんてことだろう。カナイ、それはきっと許されない。
 どうしたらいいのだろう。引き返して、ふたりを思いとどまらせるべきなのだろうか。ほかの人に知られる前に、もう会うのはよしたほうがいいと。だけど、カナイがわたしのいうことなんて聞くはずがない。
 それならばそっと、誰かに耳打ちするべきなのだろうか。導師か、そうでなければ、カナイの母さんに。けれどそんなことをして、どんな騒ぎになるか……。
 知らないうちに、自分の手が服の上から、銀の髪飾りをきつく握り締めていることに気がついて、わたしはうろたえた。
 カナイをたしなめる? どんな顔をして?
 わたしのしていることが、カナイのそれと、どれほど違うというのだろう。わたしはあの方と恋仲にあるわけではない。けれど、ほかの人の眼からみたら、なにひとつ変わらないように映るのではないか。いや、使者さまに無礼を働いているという点を考えれば、わたしのほうがよほど、罪は重いのだ……。
 だけどわたしは、そのことを認めたくなかった。わたしたちの場合は、ふたりとは違う。わたしが遠い異国の話を聞かせて欲しいとせがんで、あの方はその子どものわがままに、ただつきあってくれているだけなのだから。けれど、そう考えた瞬間、なぜかわたしの胸はひどく痛んだ。
 自分が何に傷ついているのか、どうしてこれほど動揺しているのか、わからなかった。混乱したまま、わたしは長い時間、じっと菜園のすみでうずくまっていた。
 長い時間が過ぎたあと、ふらつきながら立ち上がり、もう二人の姿がないことを確認して、お邸に戻った。
 けれどそんな状態で、寝付かれようはずもなかった。わたしは寝床の中で、まんじりともせずにひと晩をすごした。どうしたらいいのだろう。わたしはどうするべきなのだろう。
 ぐるぐると答えのでないことを考え続けて、やがて夜明けを迎えたとき、わたしはようやく心を決めた。昨夜耳にした会話のことを、誰にも明かすまいと。

 一年はひどく長かった。
 けれど、早くときが過ぎることを待ちわびつつも、わたしはその同じ心のどこかで、そのときがやってくることを、恐れていたような気がする。
 来年のサフィドラの月、ほかに誰もいない静まり返った勉強室で、ひとり落胆するくらいなら、いっそのこと、また会えるかもしれないいつかの日を、永遠に待ち続けているほうが幸せなのではないかと、そんなふうに考えるときさえあった。
 年の瀬も近づくころには、母さんは、わたしの婚礼衣装を縫いはじめていた。結婚の話になると、わたしは不機嫌に黙り込んだり、逃げ出したりしたけれど、それで話をなかったことにできるわけではなかった。わたしが何をいっても、何をしても、母さんにしてみれば、それは子どもの駄々にすぎないのだった。
 いっそ、何かとんでもないことをしでかしてみてはどうかとも考えた。とてもこのような娘を嫁にもらうわけにはいかないと、誰もが思うように仕向けることはできないだろうかと。
 けれどいざとなれば、そんなふうに母さんや導師の顔に泥を塗ることを、行動に移す度胸がなかった。
 勉強室にいるあいだは、そうした憂鬱から離れて、たくさんの魅力的な物語や、過去の歴史に心を飛ばすことができた。けれど、わたしがきっとそれらの半分にも眼を通せないであろうことが、ときには勉強室で書き物机に向かっているときにさえ、わたしの心を沈ませた。
 ある日、導師が仰った。
「心の用意が整わないというのなら、婚礼を先延ばしにすることはできるだろう。相手がどうしてもいやだというのなら、話をとりやめて、ほかの若者をさがすことだってできる。だが、時間を止めてお前をいつまでも子どものままでいさせてやることは、誰にもできないのだよ」
 それはけして咎めたてるような語調ではなかったけれど、それでもわたしには、その言葉がとても堪えた。自分がいっているのがただのわがままで、導師や母さんのいうことが正しいのだと、わたしは知っていた。けれど正しいからといって、心が沿えるわけではなかった。
 やがてソトゥの月も間近になったころ、前触れなくイラバが子どもを連れて、泊まりにきた。顔を出した理由を、姉さんはいわなかった。ただ久しぶりに遊びにきたのだというふうに、母さんやわたしを抱きしめた。
 イラバの子どもは、もう赤ん坊ではなかった。姉さんの裾につかまり立ちをして、不明瞭な言葉でなにかをいっしょうけんめいに喋ろうとしていた。
 ほかの姉さんたちも、喜んで甥にかまいつけて、それで興奮した甥は、顔を真っ赤にして何度も高い声を上げた。母さんが眼を細めて孫の姿を眺めているのを見て、母さんがイラバを呼んだのかもしれないと、わたしは考えた。意固地になって嫁入りをいやがるわたしを、説得するために。
 けれどイラバは、わたしを叱りもしなかったし、何かをいいさとそうという気配もさせなかった。
 女たちでそろって食事を囲み、ひとしきり互いの近況を交換しおわると、広間はふっと静かになった。みなそれぞれに洗い物も終えて、縫い物の続きをするか、部屋に戻って休むかしていた。
 イラバは眠りかかった子どもを抱えて、やさしくゆさぶりながら、歌をうたってやっていた。それは、耳になじんだ歌だった。炎の乙女の歌。
「子守唄に、その歌なの?」
 わたしが聞くと、イラバは自分でも気づいていなかったというように、ちょっと眼を丸くして、それから悪戯っぽく笑った。
「あら、そうね。変だわね」
 そういって、けれどイラバはその歌の続きを口ずさんだ。あいかわらず、姉さんの声は美しかった。
 蝋燭を手元によせて刺繍をしていた母さんが、深くため息をついた。
「よして頂戴。みんな、あんなおかしな歌にして、面白おかしく好き勝手なことばかりいうけれど、あのひとはそんな女じゃなかったわ」
 わたしたちは驚いて、母さんを振り返った。
「母さん、炎の乙女を知っているの?」
「知っているもなにも。母さんの生まれた家の、すぐお隣の娘だったのよ。年もひとつしか違わなくて、よく話したわ」
 姉さんとわたしは顔を見合わせた。姉もまた、初耳のようだった。
「もっとずっと昔の話だと思ってたわ、百年とか、二百年とか前のことだと」
「そんなはずがないでしょう。エヴェリーシカが亡くなったのは、イラバ、あなたが生まれるほんの少し前でしたよ。可哀そうに、川に落ちてね」
 その言葉に、わたしは二度驚いた。
「炎の乙女は、火の国の炎に焼かれて亡くなったのではないの?」
「いいえ。そりゃあ、顔も手足もひどい火傷をしてね、ずっとあとが残ってしまっていたけれど。眼も、ほとんど見えていなかったのではないかしらね。結局、エヴェリーシカはお嫁にもいかないまま……。気の毒なことだったわ」
 深く息を吐いて、母さんはこめかみを揉んだ。
「だいたい、あなたたちが妙な歌にして歌うような、色っぽい話ではなかったのよ。ああ、かわいそうなエヴェリーシカ。あの子はたしかに、使者さまのあとを追いかけていったのでしょうよ。だけどね、あの子にはわけもわかっていなかったのよ」
「どういうこと?」
 わたしが訊くと、母さんはきつく眉間に皺を寄せたけれど、ため息をついて、教えてくれた。
「エヴェリーシカの頭のなかは、すこし、ひとと違っていたのね。そう、彼女はずっと、小さな子どものままだったの。見た目は年頃のきれいな娘でもね」
 そこで言葉を切って、母さんはわたしをちらりと見た。「トゥイヤ、あなたはまたべつの意味で、いつまでも子どものようだけど」
 わたしはその言葉に気が咎めたり腹を立てたりするよりも、話の中身に気を取られていた。
「じゃあ炎の乙女は、何もわからずに暗闇の路に踏み入ってしまったの?」
「そうよ。あのことがあるずっと前から、あの子はよく、ふらふらとおかしなところに迷い込んでいたものだから、しょっちゅう皆で探したわ。ひとの家に上がりこんでみたり、ト・ウイラに入り込んでみたり」
 そう話す母さんの肩は落ちて、ひどく悲しげだった。もっとよく彼女のようすを気にかけていれば、大事にならずに済んだのではないかと、いまでも母さんは思っているようだった。
「あのおかしな歌では、使者に恋焦がれてなんて、無責任なことをいっているけれど、あの子をよく知っている人は誰も、そんなことは思わなかったわ。男のひとのあとを追いかけていくことを、はしたないとさえ、あの子は思いもしなかったでしょうよ」
 追ってきた娘の存在に、使者さま方が気づいてくださらなかったら、あの子はきっとそのまま死んでいたでしょう。母さんはそういって、遠い過去を見通すような眼をした。
「気の毒に」
 姉さんはいって、そっと祈りのしぐさをしたけれど、わたしは薄情にも、他のことに気をとられていた。炎の乙女が使者を追いかけたせいで死んだというのは嘘でも、火の国が、膚を焼かれ眼がつぶれてしまうような、恐ろしい場所だということは、ほんとうの話だったのだ……。
 考え込むわたしの様子がおかしいことには、母さんは気づかないようだった。
「だから、あんまりおかしな歌を歌わないで頂戴」
 そういって、母さんは立ち上がった。「お茶のおかわりを用意するわ。カナイ、手伝ってくれる? あなたの淹れるお茶はおいしいものね」
 カナイをつれて母さんが出てゆくと、イラバはため息をついた。それから腕の中ですっかり眠り込んでいるわが子を、優しく揺すぶった。
 その姉のしぐさを見つめながら、わたしは子どものようだったという乙女について、じっと考えていた。子どものような心をもった、無邪気な少女――危険もわからず、ただ子どもが大人になついてそのあとを無心についていくように、使者の背中をおいかけていった……。
 少しして、イラバがいった。
「ねえ。炎の乙女は、ほんとうに恋をしていなかったのだと思う?」
 内緒話のときの声だった。イラバの眼は、悪戯っぽく輝いていた。
「わからないわ……」
 わたしはどきりと心臓が跳ねるのを自覚しながら、なんでもない調子を装って、首を振った。姉が何かに気づいているのかと思ったのだ。けれど、そうではなかった。姉は、みずからの過去を振り返っていたのだった。
「暗闇の路は、とても長くて険しいというわ。わたしだったら、好きでもない人を追いかけるのに、そんな遠くまでいったりできないわ。いくら心が子どもだったとしてもね」
 姉の言葉に、わたしははっとした。それから思わず声をひそめた。
「姉さん、好きなひとがいたの?」
 ふふ、と笑って、姉は肩をすくめた。
「昔の話よ。ほかの人にはいわないでね」
「それは、義兄さんのことではないのよね?」
 小声でわたしが聞くと、姉は面白がるように、わたしを見た。
「ええ。……あなたがそんな話に、興味を持つなんてね」
 わたしはどきりとして、動揺をごまかすように、いそいでいった。「ねえ。そのひとを追いかけてゆかなかったことを、後悔している?」
 姉は少し、考えるように眼を閉じた。それから、穏やかな声でいった。
「いいえ。いま、わたしはとても、幸せだもの」
 わたしは納得のいかない思いをもてあまして、姉の横顔を見つめた。けれど、よく見れば去年には姉の腕にあった青あざは、すっかり消えてしまっていたし、いつになく痩せていた去年とはちがって、姉の頬の線には、丸みが戻っていた。それに、腕の中の子どもをのぞきこむ姉の瞳には、嘘があるようにはみえなかった。
 なぜか裏切られたような気がして、わたしはイラバから目を逸らした。
 好きではない人のところに嫁いで、幸せだなんて、どうしたらそんなふうに思えるの。その問いかけは、すぐ口元までこみ上げていたけれど、わたしがそれを口に出すことは、ついになかった。


(続く)

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