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投稿小説TOTAL CREATORS!様のミニイベント「TCご当地小説」に参加させていただきました。
長崎県長崎市のお話です。

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 空港のロビーで、でんでらのメロディーが流れていた。
 羽田に比べれば笑ってしまうほどこじんまりした空港ビルから、むっと熱気の押し寄せる外に出たあとも、まだ耳の奥に、そのメロディーが残っていた。流れていたBGMはオルゴール風の音で、歌声はついていなかったけれど、頭が勝手に古い記憶の底をさらって、歌詞を探そうとする。
 ――でんでらりゅうば、でてくるばってん、
   でんでられんけん、でてこんけん……
 案外覚えているもんだなと、妙な気分になる。だけど子どもの頃に覚えたものごとというのは、そんなものかもしれない。
 夏の盛りとはいえ、嘘のような暑さだった。手で額を拭っても、まだ汗が噴き出してくる。空港が海上にあるせいかもしれないが、湿度の高い、粘るような熱気があった。
 空港バスに乗り込んで、背もたれに肩を預けると、あとからひとつ後ろの席に乗り込んできた若い女ふたりが、高い声で喋りだした。少しはしゃいだ調子の会話には、訛りがない。観光客だろうか。煩いな、と思ったのはほんの数秒のことで、長時間移動の疲れが出たのか、体が宙に浮くような感覚があって、あっという間に意識がまどろみに引きずり込まれていった。


 うとうとしながら、方々に飛ぶ思考の片隅で、ずっとでんでらのメロディーが流れていた。
 乗り換えのためにバスを降りて、まっさきに、暗くなりかかった空を仰いだ。傘を持ってきていない。薄く雲が出ているが、幸いいまのところ、降り出しそうな気配はなかった。
 空、狭っ。
 そうだったな、と思う。市内はほとんど山に囲まれているし、そうでなくとも狭い土地に、ぎゅうぎゅうに建物が詰め込まれているから、それほど高いビルもないというのに、どこでもやたらに空が狭い。
 交通量の割りに道が狭いのも、そこに頻繁に原付が割り込んでくるのも、自転車の姿が全くといっていいほどないのも。住んでいた頃には当たり前の風景だったはずなのに、久しぶりに見ると、なにか妙な気がする。かすかに火薬のにおうのは、昨日が精霊(しょうろう)流しだったからだろうか。
 バスは定刻どおりにやってきた。
 始発のターミナルが近いので、席には余裕があった。おかげで座ることが出来たけれど、バス停をひとつふたつと通り過ぎると、嘘のように混み合う。学生だのサラリーマンだのがぎゅうぎゅうに押し合いへしあいして、しまいには運転手が降車口から乗客を乗せる始末だ。
 中心部をほんの少しはずれると、道はぐんと狭くなる。
 ぐねぐねと曲がりくねった、狭い上り坂だ。これでもかとみっしり建てられた家々の間を縫う、普通車でも入り込むのを躊躇するような道。こんなでかいバスが通るわけがないだろうと思うようなところを、魔法のようなドライビングテクニックで、ぐいぐい抜けていく。住んでいた頃にはまだ免許も持たなかったから、それが普通だと思っていたけれど、自分が大人になって車を運転するようになってから見ると、冗談のような光景だ。
 道路の右側、連なっていた家々がふっと途切れて、市街地を見下ろす格好になる。目に飛び込んでくる、夜景。小さな光がひしめき合って、車のヘッドライトがせわしなく行き交う。遠くに、稲佐山の展望台が見えた。
 こんなにきれいだったかな。
 夜景はすぐに途切れた。通りかかった家の塀で、縞猫が伸びをしている。長い尻尾が、先端近くで鉤型に折れていた。そういえば、向こうでは折れ尻尾をほとんど見かけなかったなと、そんなことを思ううちに、通り過ぎて姿が見えなくなった。
 バス停で降りて、家々の隙間に伸びる長い階段を見上げた。実家までには、さらに荷物を抱えてここを上らなければならない。
 母は毎日、この階段を歩いて買い物に出ているはずだ。住んでいた頃にも、すきっ腹を抱えて上る階段が憎いと思うことはあったけれど、車も入らない場所に住むことの不便は、そういえば意識したこともなかった……
 インターフォンを鳴らすのに躊躇したのは、中で炊事の音がしていたからだ。ご飯の炊ける匂いがしている。晩飯、食ってくるっていったかな。いったよな、俺。
 迷った。鍵は持っている。十年の間に変えられていなければ、の話だが。鞄を揺らして少し考え、やめた。
 インターフォンを鳴らすと、中から妙にどたばたした足音が近づいてきた。
 鍵を開ける気配もなく、そのままがらりと音がして、引き戸が開く。
「お帰り」
 面食らって、一瞬、言葉が出てこなかった。出てくるはずの母ではなく、仏頂面の従姉が、そこにいた。
「お袋は」
 ほかに何をいいようもなく、訊くと、芙美は不機嫌そうな顔のまま、首をすくめた。
「台所。さっさと上がって、顔、見せれば。あんたの家やん」
 いうなり、芙美はさっさとこちらに背を向けて、ぺたぺたと足音を立てている。見れば、裸足だった。
 お前の家じゃなくてな、といいかけて、やめた。なにも十年ぶりに会った従姉との会話を、憎まれ口からはじめることはない。
「……ただいま」
 気後れしながらそういうと、芙美は振り返って、にやりとした。


 廊下を歩くと、床が軋むのが耳についた。蝋燭と、線香のにおいがする。仏間に入ると、畳んだ提燈が隅に寄せられていた。盆のときだけ納戸の奥から引っ張り出してくる、古い提燈。子どもの頃に一度ふざけていて破いてしまい、散々に怒られた覚えがある。
 いまの会社には盆休みがない。休暇はことし初盆の先輩に譲って、自分は入れ違いに終わってから戻ってきた。仏壇に手をあわせながら、だけどもう親父は向こうに戻ったあとかなと、益体もないことを考える。
 盆には先祖の霊が帰ってくるなんて、誰が言い出したんだろう。あっちでは今日、送り火をやっている頃だ。こっちでは一日早い十五日の精霊流しだが、意味は似たようなものだろう。
「あんたちょっと、痩せたっちゃなかとね」
 声を掛けられて振り向くと、ビール瓶とコップを載せた盆を持って、母が目を眇めていた。
 そういう母のほうが、痩せた。それともそう見えるのは、皺が増えたせいだろうか。罪悪感に胸を掴まれて、なんでもないような声を作るのに、少し苦労した。「そうでもないよ。ちゃんと食ってるし」
「何ン、その標準語」
 居間のほうからからかいの声が飛んできた。芙美だ。
「やぜかな」
 ぽろっと長崎弁が口からこぼれて、自分の言葉に、妙に落ち着かないような居心地の悪さが残った。襖の向こうで、叔父の懐かしい声が、上機嫌に笑うのが聞こえる。すでに一杯ひっかけているのだろう。
「家にいるときでも、鍵、開けっ放しにすんなよ。無用心だろ」
 憮然としながら母にそういうと、「そうたいねえ」と、いかにも気のない返事が返ってきた。親は子どものいうことになんか、聞く耳はもたないのだと、会社の誰だったかがこぼしていたのを、ふっと思い出す。
 襖を開けて、狭い居間に顔をみせると、叔父は赤ら顔で手酌をしていた。
「おいちゃん、久しぶり」
「おう。どげんや、仕事は」
「まあ、ぼちぼち」
 横に座ると、当然のようにコップを突き出された。
「なんか、変な感じするな」
 ビールを注いでもらいながら、思わずそう呟くと、叔父が可笑しそうに喉を鳴らした。「帰ってきたら、学生ん頃に戻ったごたる気のすっとやろ」
 言い当てられて、素直に頷いた。高校卒業と同時に就職して以来、一度も戻ってきていなかった。時間が巻き戻されたような錯覚が、ずっとかすかに、背中のあたりにつきまとっている。瓶を受け取って注ぎ返すと、叔父は皺ぶかい目を細めて、膝を叩いた。
「わい、本トに食いよっとか。刺身ば食え、刺身ば」
 わざわざ買ってきたのか、テーブル並んだ刺身の皿を、叔父がおしやってくる。思わず苦笑がこぼれた。
「おいちゃん、俺の住んどるとこにも、港、あっとよ。あっちでも刺身、食うとっよ」
「なんな。長崎ん魚よっか旨かこたぁなかろもん」
 自信たっぷりにいいきる叔父は、もとは漁港の出身だ。祖父は漁師だった。母もそうだが、もとは家業を嫌って長崎市内に出てきたそうで、亡き祖父のことは昔から悪くいってばかりなのに、それでも地元の魚は自慢らしいのが可笑しかった。
「皆ンな、元気にしとっとやろ」
 ぼちぼちな、と笑って、叔父は煙草を吹かした。その視線が仏壇の位牌をなぞったことに、気がつかないふりをするのは、簡単なことではなかった。
 この狭く古い家に、母は一人で住んでいる。それでも近所に叔父と芙美がいるのだから心配はないだろうと、繰り返し、いいわけがましくそう考えてきた。ちょうど今みたいに、ときどき顔を出してくれているのだろうから、大丈夫のはずだと。
「いつまでこっちにおっとや」
 訊かれて、一瞬、ためらった。
「明日の夜の飛行機で戻るよ」
「……呆れた。この薄情者」
 芙美がきつく眉をしかめてそういうのに、叔父が苦笑で助け舟をくれた。
「そがん言うてやんな。忙しかとやろ」
 曖昧に頷いて、ぬるくなりはじめたビールを呷る。苦味ばかりが口の中に残った。
「まあ、でも放蕩息子がようやく顔みせて、おばちゃんも安心やろ」
 芙美がいって、母の手から盆を取り上げる。
「人を家出少年みたいにいうなよ。就職して家を出てんだから」
「ろくに顔も見せんとやったら、たいして変わらんやん」
 気まずく視線を逸らすと、母は説教をたれる芙美を応援するでも止めるでもなく、嬉しそうににこにこ見つめている。拍子抜けして、立ち上がった。「便所」
 窮屈なトイレで用を足したあとも、すぐには居間に戻らなかった。障子戸を開けて、縁側をのぞく。庭というのもためらうような、狭い敷地だ。母が育てているのだろう、トマトだかキュウリだかの鉢が、せめて日当たりのまだよさそうな、南側よりの端においてあった。
 芙美から唐突な電話があったのは、ひと月以上前だった。
 ――おばちゃん、倒れたよ。
 携帯に出るなり開口一番に言われて、絶句した。聞き間違いかとも思った。次の瞬間、いやな汗がぶわっと出て、財布を掴んで職場から走り出そうとした。
 ――ってゆうたら、あんた、帰ってくる?
 電話の向こうで、不機嫌そうに芙美は続けた。
 いっとき、口をぱくぱくさせていた。何事かと振り向いた同僚や上司に目線で謝って、ともかく廊下に出ると、ほとんど怒鳴るようにいった。
 ――あのなあ、いっていい冗談とわるい冗談が、
 ――真面目に答えんね。もしホントにそうやったら、帰ってくっと?
 ぐっと飲み込んで、一息吐いた。
 ――当たり前だろ。
 ――そんなら、いっぺん帰ってきて顔ださんね。いつまでも元気と思とったら、あんた、後悔すっよ。
 苛立ち任せに電話を切って、気まずい思いをひきずったまま、席に戻った。
 憎まれ口の利き方は、昔と少しも変わらない。棘の混じった芙美の声は、いつまでも耳に残って、苛立ちをさそった。
 それでも次の休日、近くの旅行代理店に出向いて飛行機の予約をしたのは、芙美の電話があったからだ。
 足音がして、廊下が小さく軋んだ。芙美が手にビールの入ったコップを持って、立っていた。
「飲めんの? お前」
 ちょっとはね、と答えて、芙美は隣に腰を下ろした。本当にちょっと、なのだろう。頬がかすかに上気していた。少し隈が浮いて、疲れたような顔をしている。仕事が重いのだろうか、ほかに理由があるのか。それでも、目つきの強さは昔と同じだった。
「お前、変わんねえなあ」
 いってから、嘘だと思った。気が強いのは変わらないけれど、表情はすっかり大人のそれになった。痩せすぎていた十年前に比べれば、いくらか頬に肉がついて、笑うとめだっていた八重歯を、いつの間にか矯正している。
 小さく肩をすくめて、芙美はビールを舐めた。家からそのまま出てきたのだろう、いかにも普段着らしいTシャツから、柔らかそうな二の腕がのぞいている。いつも真黒に日焼けしていたのが、ずいぶん白くなった。
 さりげなく視線を外して庭を見ると、野良猫が、塀に飛び乗って通り抜けていくところだった。
「どうよ、久しぶりに帰ってきて。こっちもだいぶ、変わったやろ」
 訊かれて、少し考えた。
「コンビニ増えたな。あと、あれびびった。でかい観覧車」
「ココウォークのこと? 茂里町の」
 たぶんそれのことだろう。頷くと、芙美はちょっと笑った。「あんた出てったとき、まだ話もなかったやんね」
 隣の犬が、一声吼えた。さっきの猫でも見つけたのかもしれない。
「じゃあ、ステラなくなったのも知らんやろ」
「まじか。映画どこで観んだよ」
「……駅のアミュプラザにも、ココウォークにも、でかい映画館入っとるし。まさかアミュできる前から、一回も帰ってきとらんやったと? この親不孝者」
 呆れたようにいわれて、肩をすくめる。お袋が逆に向こうに出てきたことは、何度かあったけれど、本当に一度も、戻ってきていなかった。盆も正月も。いつも電話一本だけ入れて。
 芙美はしばらくぶつくさいっていたが、やがてふと、思い出したように訊いてきた。
「向こうは、どんな?」
 訊かれたとたん、胸のどこか奥の方からいっぺんに言葉があふれだしかけて、喉の奥で詰まった。
 空が、広かったよ。都心から電車一本っていうのがちょっと信じられないぐらい、辺鄙なところで、駅からちょっと離れたら、畑と田んぼばっかりで。ほとんど誰も通らないような農地のど真ん中を、綺麗な広い道が突き抜けてて、そこをたまに通りかかる地元の車が、ばんばんとんでもないスピードで走っていって。ちょっと走れば海が見える。漁港の雰囲気は、ばあちゃんちのあった田舎にけっこう似てて、こういうところはどこもそんなに変わらないんだなって思ったよ。何もないけど、とにかく、空が広くて。
 そういうことがいっぺんにこみ上げてきて、喉でつっかえて、もつれ、口から出てきたのは結局、なんでもないような言葉だった。
「いい所だよ」
 へえ、と頷いて、芙美は足を縁側から下ろした。ぶらぶらと揺れる、裸足のつま先。それを目で追いながら、訊いた。
「いま、何してんの」
 芙美は首をかしげた。
「フツーの事務員。いちおう正社員。小さい会社やけどね」
「こんな平日に、ゆっくりしてていいのか」
「明日まで、お盆休み」
 結婚は、と聞こうとして、ためらった。伝わったんだろう、芙美はちらりと視線をこちらに投げて、
「ひとりだよ」
 そういった。
 何も答えずにいると、ふっと、笑って、「……っていったら、あんた、帰ってくんの」
 むかっときて足を蹴ると、抗議の声が上がった。
 叔父が居間から呼ぶのが聞こえた。腰を上げると、芙美が急に、真面目な声を出した。
「来年、結婚する。と思う」
 息が詰まった。表情には、かろうじて出さなかった、と思う。
 会社の後輩なのだと、芙美はいった。ちょっとぼうっとした頼りないやつだけど、とにかく気がやさしくて、おおらかな男なんだと。
「……へえ」
 とっさに、それだけしか出てこなかった。芙美は、こちらを見なかった。足をのばして、自分のつま先をじっと見つめている。
 招待状を送っていいかとは、芙美はいわなかった。いずれ、叔父が出せというかもしれないし、そうすれば形だけ送ってよこすかもしれないけれど、どちらにしても、行く気はない。それが来年だろうが、五年後だろうが、きっと参列する気にはなれないだろう。
「ほんとに、もうこっちには戻ってこんと?」
 お前が、それを訊くか。いいそうになって、ぎりぎりで飲み込んだ。
「仕事、面白いし」
 答える声がぶっきらぼうになったことくらいは、大目にみてもらうしかない。
 叔父が居間から呼んでいる。立ち上がって、芙美に背を向けた。
 十年。十年も経てば、それこそいろいろなことが変わっていて、当然なのだろう。目に見えることも、ぱっと見にはわからないことも。わかっているつもりで、心のどこかで、故郷の時間だけが止まっているような錯覚を覚えていた。そういう自分を、やっと思い知る。いまさら。本当に、いまさらだった。
「馬ぁ鹿」
 背後で芙美が毒づいたのに、聞こえない振りをした。


「じゃあな」
 いうと、芙美はうなずいた。そっけない仕草だった。叔父が車の鍵を握り締めて、玄関から出てくる。
「空港まで送っちゃるけん」
「よかよ、バスですぐやし。おいちゃん、昼もけっこう呑んどったやろ」
 少しためらって、言葉を継ぎ足した。
「……また、顔出すけん。来年くらいになったら、いましよる仕事も、ちょっとは落ち着くやろうし」
 そうか、と笑って答える叔父の横から、巨大な紙袋を持って、母が出てきた。ぎょっとしながらとっさに受け取ると、まあ、あれこれ入っているの何の、梅干だの干物だのアオサだの、五島うどんやらカステラやらで、ぱんぱんに膨れ上がっている。
 俺がカステラ嫌いなの知ってるくせにと、そう頭の中で思うなり、先回りして母がいった。
「会社の人たちに食べてもらわんね」
 ぐっと飲み込んで、荷物を持ち直した。後ろで芙美が、にやにやしている。紙袋はずっしりと重く、持ち手が手のひらに食い込んできた。これを持って飛行機に乗るのかと思えば、いまからうんざりする。コンビニから宅急便で送るかと、ためいきを呑みこんで抱えなおした。
「もう、バスくるから」
 背を向けても、誰も家の中に引っ込む気配がなかった。振り返るのが気恥ずかしくて、前を向いたまま黙って階段を下っていると、ずいぶん遠くなってから、芙美の声が追いかけてきた。
「ホントに帰ってこんばよ」
 振り返って顔を見せるのがいやで、荷物を持った手を、軽く挙げた。


 歩きながら頭上を仰いだら、夕暮れ時の空はやっぱり狭くて、ごちゃごちゃしていた。そういう町だ。古臭く、不便で、せまっ苦しくて、何もこんなに詰め込まなくていいというくらい、建物がひしめきあっていて。
 どうしてこれまで帰ってこなかったと、誰かに訊かれたら、変に里心をつけたくなかったのだと、そう答えるつもりだった。本当のところは、いえるはずもなかったので。
 けれど誰も訊かなかった。芙美も、叔父も、母も。わかっていて訊かれなかったのなら、それはそれで、癪な話だった。
 空港バスに乗り換えるバス停の、すぐ近くにコンビニがある。そこから荷物を送ろうと思っていたのだけど、直前で気まぐれを起こした。このまま手で持っていこう。それくらいの重荷は抱えていくのが、放蕩息子の、せめてもの義務だろうから。
 清掃車が集めそこなったらしい爆竹の滓を踏んで、バスに乗り込むと、かすかな火薬のにおいが追いかけてきた。

(終わり)

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 通じるかどうか微妙だな、と思った言い回しをいちおう参考程度に。

 でんでら……でんでらりゅうば。童謡。長崎っ子ならCMなどで頻繁に耳にして育つ……はず。
 痩せたっちゃなかとね……痩せたんじゃないの。
 やぜかな……ウザいな。うっとうしいな。
 どげんや……どうだ。
 戻ったごたる……戻ったような
 なんな……なんだよ。
 なかろもん……ないだろうよ。
 そがん言うてやんな……そう言ってやるな。


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