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 汗臭い窮屈なコクピットを抜け出して、白い光の射すハッチから外に出る瞬間、ユウゴはいつも棺桶から蘇る死者を連想する。
 踏みしめる機体は黒。視認できるような距離での戦闘飛行などありえないのだから、迷彩の意味などないといってもいい。だからこれは、やはり棺の色なのだ。頭の隅で、皮肉に考えながら、ユウゴは小さく苦笑した。
 タラップから手を放して固い床に降り立つ。軽く肩をまわすと、鈍い痛みがあった。ただの打撲だ。青あざくらいはできるかもしれないが、無理な急加速の代償にしては、軽いほうだろう。
 機密服のロックを外して、顔をさらす。汗に濡れた顔に、空調のきいたデッキの機械油くさい風があたる。ユウゴは短く息を吐いて、苛立ちを堪えるように目を閉じた。今日も生きて帰った。そのことに、かすかな苛立ちを覚えるようになったのは、いつ頃からだっただろうか。
 整備士たちに片手をあげて挨拶に代え、ユウゴは歩き出した。
「ユウゴ」
 呼び止める声がしても、彼は足を止めなかった。ほっとしたように笑顔で駆け寄ってくるフォアのほうを、振り返りもしなかった。
「痛みませんか。報告の前に、医務室によりましょう」
 ユウゴは無視して歩き続けた。その背中を、ため息が追いかける。
「なんだって、ああいうことをするんです」
 敵を深追いするあまりの、無理な操縦のことをいっているに違いなかった。見上げてくる相棒の端正な顔に、ようやく視線を投げて、ユウゴは表情を消した。
「そうしたかったからさ」
 見下ろした先で、男でも女でもないつくりものの顔が、いかにも人間らしくくしゃりと歪む。
 あなたは知らないかもしれないけど、とフォアはいった。震える息を吐きながら。
「私たちにも、心はあるんですよ」
「へえ、そいつは知らなかったな」
 ユウゴは白々しく言い捨てて、唇の端を小さくつりあげた。ものいいたげに睫毛を震わせて、フォアがうつむく。その様子から目を逸らして、ユウゴは前を見た。
 思考、記憶、高度な判断。材料工学の発展に伴い、回路が人間の脳を模して作られるようになったときから、人工知能の歴史はそれ以前と分かたれた。それは人類一般の常識でもあったし、訓練課程の中であらためて叩き込まれた話でもあった。人間の本来もつ脳機能をベースにして、それ以上のものを。そうして作り上げられた知性から、ただ感情だけをきれいに切り離すのは、困難なことだ。
 廊下の照明は皓々としていた。すれ違うペアは、これから出撃するのだろう。パイロットのほうが軽く肩を挙げて、ユウゴを労うように笑いかけてきた。それに笑顔で答えながら、ユウゴはフォアを無視し続けた。
「プログラムされた心だって、傷つくんです」
 かすれた、弱々しい声だった。目覚めた当初、フォアはこんな声音では喋らなかった。もっと機械らしい、耳あたりのいい平坦な声をしていた。そのことを思って、ユウゴは舌打ちした。
「俺の知ったことじゃない」
 傷ついたように、フォアは目を伏せた。いや、本人の言を借りるのであれば、ように、ではなく、傷ついたのだろう。ユウゴは笑った。いったい何が傷つくというのだろう。プログラムのソースが? それとも神経線維を模した回路が?
「俺のやりかたに文句があるなら、いっそお前がひとりで操縦したらどうだ。喜んで任せるぜ。その方がよっぽど効率的ってもんだろう」
 それができないことを知った上で、ユウゴはいった。戦闘機の操縦に特化して作られたはずのフォアは、それにもかかわらず単独での飛行を許されない。
 訓練された人間と同じか、あるいはそれ以上に高度で複雑な判断をこなし、人間には不可能な速度で、記憶と経験を蓄積してゆく。そういう目的で開発された人工知能に、しかし人間の手綱なしに機体を動かすことは許さない。能力を与えておいて、それを制限する。ユウゴにはそういう軍の方針が、とんだ茶番としか思えなかった。人間以上の性能を求めておきながら、いざそれを使うとなると反逆と暴走を恐れる。それならはじめから、そんなものは作らなければいいだろうに。
 震える声で、フォアは囁いた。
「あなたが何を考えているのか、私にはわからない」
 ユウゴはその言葉を無視した。それでもフォアは、諦めきれないように、切々と訴えかけつづける。
 私に与えられた命題は、あなたを守ることだ。それさえ果たさせてくれないのなら、私たちが作られてきた意味は、どこにあるんです。あなたたちパイロットには義務があるんだ。私たちを使って生き延びる義務が。
 ユウゴは鼻で笑った。命題その一。上官の命令に従うこと。命題その二。パートナーであるパイロットの生命の安全をはかること。命題その三。命令なしに人間に危害を加えないこと。命題その四……。
 優先順位を厳密に設定されて、詳細に定義された数々の命題。つくりものの頭の中に刻み込まれたロジック。それがどこまで刷り込まれたもので、どこからが自分の意思なのか、彼らは考えることがあるのだろうか。ふいに思い、ユウゴは首をふって、その考えを自分の中から追い出した。
「私には、あなたが死にたがっているようにしか見えない」
 震える声で、フォアはいった。
「好きなように理解したつもりになればいいさ」
 ユウゴはわずらわしげに答えて、伸ばされてきたフォアの手を払った。
「あなたは……」
 言葉につまって、フォアは唇を引き結んだ。
「気に食わないんなら、パートナー交替でも申請してみたらどうだ。もっとお前を大事に扱ってくれるパイロットのところにいけばいい」
「できるはずがないのを知っていて、あなたはそんなことをいう」
 フォアは震える声でいった。「私はあなたに合わせて作られたんですよ」
「知っているさ。生憎な。……反吐の出る話だ」
 フォアは押し黙った。うつむいたまま、悄然と後をついてくる相棒の足音に耳を傾けながら、ユウゴは舌打ちを漏らした。日を追うごとに、だんだんと表情豊かになってゆく相棒に、苛立ちを積み重ねてゆく。そんな日々が、いったいいつまで続くのだろうか。
 ユウゴは歩きながら、胸ポケットからチップを取り出した。さっきの出撃の、飛行記録だった。違反の経緯もしっかりそこには書き込まれているはずだ。へたをすれば降格くらいはされるかもしれないが、そのほうがいっそ気は晴れるだろう。もうこの相棒と組まされずにすむのなら。
 ふっと肩から力を抜いて、ユウゴは振り返った。
「そう気を張って監視しなくても、ちゃんと報告はするさ。お前はいいから、メンテナンスを受けてこい」
 自分の口から、思った以上にやわらかい声が出たことに、ユウゴは内心で舌打ちした。戸惑ったように瞬きをして、フォアが見上げてくる。一心に。そんなささいな情に、必死ですがるような目をして。
 こみ上げてくる苦い思いに耐えて、ユウゴは促すように、頷いてみせた。逆らわず、フォアは踵を返す。その背中に向かって、ユウゴは小声で囁いた。
「俺もひとつ教えてやるよ。お前らは知らないだろうけど、人間だって、傷つくんだぜ」


 提出したレポートはこともなげに書類の山の上に詰まれた。それを不本意に思ったユウゴが口頭で自らの軍規違反を申告しても、彼の上官はあっさりと頷いて、投げ遣りに注意をするだけだった。
 あっけなくすんだ報告に、ユウゴは苛立ちを噛み潰しながら、退室してラボへと向かった。戦闘機や艦船などのメンテナンスは、よほどのことでもなければデッキで整備士たちが済ませる。工場に戻すのは、よほど破損がひどいときか、定期点検のときくらいのものだ。だがアンドロイドについては、そうもいかない。つくりが繊細すぎるからだ。基地内に敷設されたラボ。どんな些細な検査も修理も、彼らの生まれたその場所で行われる。
 IDをかざしていくつめかの扉をくぐりながら、ユウゴは事務室内に、旧知の顔を見つけた。
「よう、ブライアン。フォアのメンテナンスはすんだか」
「まだだ。もう少しかかる」肩をすくめて、ブライアンはいった。「お前が乱暴をするからな」
「誤解を招くいいかたはよしてくれ」
 ため息をついたユウゴに、ブライアンは喉の奥で笑った。「どうせ誰も聞いちゃいないさ」
 たしかに、事務室にはほかに誰もいなかった。みな奥で、忙しく整備だの検査だのに追われているのだろう。出撃から戻ってきたのは、ユウゴたちのペアだけではない。
 奥のドアにちらりと目を向けて、ユウゴは手近にあった椅子に掛けた。宿舎に戻るときには、パートナーを連れてゆく義務がある。
 ぶうんと、鈍く機械音が響いている。空調がきいているにもかかわらず、油くさいような薬くさいような、かすかなにおいが鼻をかすめる。疲れた体を椅子の背もたれにぐったりと預けて、ユウゴは掠れた声を出した。
「恨むぜ、ブライアン」
 何のことをいっているのか、すぐにわかったらしく、ブライアンは声を立てて笑った。
「お前がそんな顔をするなんて、俺の腕も馬鹿にしたもんじゃないな」
 その声は冗談めかしていたが、その奥にひそむ感情の苦さに、ユウゴは気づいていた。
 目の前の男の浅黒い肌を、黒い眼を、ユウゴは見つめた。かつての親友。十代のころ、恋を争った相手。ブライアンが配属先のラボで軍事用アンドロイドのハードウェア設計に携わっていることを知ったとき、ユウゴは懐かしさを感じるより何より、戦慄した。
「そんなに似ているかな。フォアは」
 ふと真顔になって、ぽつりとこぼすように、ブライアンが問いを投げかけた。
 ユウゴは答えなかった。それが答えのようなものだった。
 沈黙を破るように、奥の自動扉が開いた。
「主任。異常はありませんでした。左手首の関節が少し磨耗していたので、交換しましたが」
 そういいながら入ってきた技術者に、手を引かれるようにして、フォアが歩いてくる。その眼がユウゴを見つけて苦しげに揺れ、それでもかろうじて微笑んだ。こんな表情を、こいつはいつからするようになったのだったか。ユウゴは眩暈をこらえて、立ち上がった。
「帰るぞ」
 素直にしたがって、フォアは歩き出した。二人分の足音が通路に響く。規則的な、いかにも軍人らしい靴音と、それを追いかけるどこか頼りない音。こいつらの体はそうとう重いはずなのに、とユウゴは思った。どうやっているのかしらないが、アンドロイドたちの足音はいつだって静かなものだ。
「ユウゴ」
 己の名前を呼ぶ声の、すがるような響きが耐え難く、ユウゴはそれを無視した。
「医務室には行きましたか」
 あきらめきれないような声が、追いかけてくる。どうしてこいつらは懲りずに傷つきたがるのだろうと、そう思うとやるせなく、ユウゴは深く息を吐いた。
 人間のようだというのなら、そこに心があるというのなら、傷つかないようにふるまえばいい。手に入らないものを望むことはやめて、自分を傷つけるものを拒絶すればいいだろう。ただそれが義務だからと、渋々命令にしたがい、やがてパイロットが死ねば、清々したといって笑えばいい。なぜそうしない。
 ユウゴは胸のうちにこみ上げてくるその問いを、口には出さなかった。答えを知っていたからだ。彼らははじめから、そのようにプログラムされている。
 それが心か。そんなものが。
 基地の低重力の下でさえ、体が重く感じられた。それだけ疲れているのだろう。だが足を引き摺るのも癪で、背筋を伸ばしてユウゴは歩く。宿舎エリア、パイロットたちの部屋が集まる一角に差し掛かると、非番の同僚たちと頻繁にすれ違う。彼らの一人残らず、自分のパートナーを連れ歩いている。そのことが、ユウゴには気色が悪く感じられる。
 誰もが二人に気づくと軽く手をあげて合図を送り、明るく声をかけ、そうしながらユウゴとフォアの顔を見比べて、笑顔をほんのわずかに曇らせる。心配だというように。それに気づかないふりを通して、ユウゴは彼らとすれ違う。
「ユウゴ。何か食べてください」
 居室にまっすぐ向かおうとしていた腕を掴まれて、ユウゴは顔を顰めた。
「起きてから食う」
「だけど、ずっと食べていないでしょう」
 ユウゴが機内に携行食糧を持ち込まなかったのは、急な出撃だったためというわけではなく、いつものことだった。母艦で移送されている最中はともかく、操縦席にいる間は、ユウゴは何も口にしない。自分がものを食べる必要があるということも、頭から抜け落ちている。それはいまにはじまったことではなかったが、フォアはいつまでも、それに慣れないようだった。縋るように腕を掴む力は強く、ユウゴは顔をしかめた。
「疲れすぎて、腹が減っていないんだ。二、三日喰わなくても、人間は死にゃしない」
 そっけなくいうと、腕を引く力は弱まったが、その指は諦めきれないように、ユウゴの袖を引いていた。その手を振り払って、ユウゴは廊下を歩いた。
 IDをかざすと自動扉が開いて、居室のあかりが灯った。寝具とクロゼット、据え付けのナイトランプ。およそ私物らしいもののない空間は、いつ戻ってきても他人の部屋のような気がした。その一角におとなしく向かって、フォアは所定の位置に座る。
 パイロットとそのパートナーのロイドは、非番時も原則として同じ部屋で過ごすことが義務付けられている。パイロットが眠っている間には、充電と休養を兼ねて、ロイドのほうもスリープモードに落とす。パイロットに管理監督責任があるからだ。ときには自らのアンドロイドが眠っている隙をついて、一人で部屋を抜け出す者もいる。四六時中べったりでは、さすがに息が詰まるのだろう。
 決められたコードを入力すると、かくんと頭を落として、フォアはスリープした。その表情の消えた顔は、青白かった。血の通わない頬。細い顎。ユウゴはいっとき息を詰めて、それをじっと見つめていた。


 その日、宙港から出ると、久しぶりに人工ではない土のにおいがユウゴの肺を満たした。埃っぽい街路。道を走る時代遅れのエア・カー。空に輝く、少し眩しすぎる太陽。緑あふれる惑星、彼の故郷。
 次の赴任先がどこになるのかは、まだ知らされていなかった。一か月の休暇。久しぶりの故郷だった。惑星時間で一年弱、彼の体感でもほとんど半年ぶりに戻る、生まれ育った土地。会いたい人間は少なくなかった。
 ユウゴは弾む気分をもてあましながら、手首の通信端末を顔に寄せた。近いうちに帰るという通信は、数日前に送っていたが、任務中には、外部の人間に現在位置や状況を知らせることは許されない。たとえ相手が家族や恋人だろうと。それは軍事機密だからだ。
 空は晴れ渡り、風は涼やかだった。開放感があった。久しぶりにくつろげる、いい休暇になるだろうと思った。今夜、会う時間はあるだろうかと、恋人にそう訊ねるために、端末を立ち上げるとき、ユウゴにはそれ以外に、なんの予感もなかった。
 通信がつながらず、データセンターから無機質な合成音声が流れ出したときに、はじめてユウゴは焦った。何か月も音沙汰がなかったことで、とうとう愛想をつかされたのかとも思った。たまにしか会えない恋人、一度発てば、いつ戻るかもわからない相手。だがそれは、とっくにエリイにも承知の上のことだったはずだ。少なくともこの前に会ったときには、別れの予兆らしきものは見当たらなかった。それとも、ユウゴが鈍すぎただけだろうか。
 無人タクシーを拾い、トラムのステーションに向かいながら、ユウゴは自分の父親へコールした。彼もまた、なかなか通信に出なかった。庭いじりに夢中になっているのだろうと思いながら、ユウゴはタクシーの制御板を睨んだ。このままこのタクシーで、エリイの部屋にまっすぐ向かいたいと思った。トラムのほうが早いと、頭ではわかっていても。
 ――ユウゴ。ああ……
 ようやく通信に出た父親の声は、沈鬱に沈んでいた。ユウゴは心臓が跳ねるのを感じながら、通信端末を顔に近づけた。小さな画面に映る父親の顔は青白く、前に会ったときから、ずいぶんと老け込んだように見えた。
 ――帰ってきたんだな。せめてあと二ヶ月……いや。元気にしていたか。
「何かあったのか」
 端末の向こうで、返事をためらう気配がした。通信のつながらないエリイの、最後に会ったときの顔が、ユウゴの脳裏をちらついた。ユウゴはほとんど噛み付くように、父親に話を促した。なんでもないといってくれ。たいしたことじゃないと。


 はっと眼を開けると、部屋は薄暗かった。壁は標準時間の一日周期で光度を変えて、本物そっくりの昼夜をつくる。そのうすぼんやりとした明るさを見れば、いまは夕刻なのだろうと思われた。
 心臓が強く拍動を刻んでいた。夢の残滓を振り払うように首を振ると、汗が前髪を伝って落ちた。
 つけたまま眠っていたらしい、腕の端末に眼を走らせると、小さく日付の表示が浮かんだ。ほとんど半日、眠り続けていたらしかった。
 細い息を吐き出すと、ユウゴは寝台を降りた。部屋の隅に向かう。フォアは眠る前と同じ姿勢のまま、微動だにしていない。隣に膝をつくと、かすかな低い作動音が聞こえていた。スリープといっても、完全に停止しているわけではない。眠っている間に各部の自己点検が行われ、メモリが整理される。人間のように眼球こそ動かないが、アンドロイドも夢を見るのだ。
 コードを打ち込んで、ユウゴはそのままじっと、フォアが目を覚ますのを見守った。顎がわずかに持ち上がり、血管のないまぶたがゆっくりと持ち上がる。
「ユウゴ?」
 不思議そうに名を呼ぶフォアの頬に触れて、ユウゴはその冷たい手触りに、指先を震わせた。
 人工皮膚は、緩衝材以上の意味を持たない。その皮一枚の下は、冷たく硬い金属のボディがあるだけだ。ブライアンの趣味の悪いジョークが、耳の奥にこだました。男でも女でもない体、樹脂でできた冷たい皮膚。そんなものにさえ欲情する人間が実際にいることを、ユウゴは知っている。
 つくづくここは、虫唾の走るような場所だった。閉鎖された狭い世界、ねじれた人間関係、どこまでも現実感のない戦闘と殺戮。遠い昔、少年だった自分が憧れていたような華々しい戦場は、この宇宙のどこにもない。そのことを、自分はわかっていたつもりで、わかっていなかったのかもしれないなと、ユウゴは思った。
 手を放すと、フォアが戸惑ったように瞬きをした。心を模したプログラム。そんなものを考えたやつは、気が狂っていたに違いない。感情によく似た電流。人間に似た、人ではないもの。生き物に似た、生きてはいないもの。
「どうかしたんですか、ユウゴ?」
「どうもしない。……行くぞ」
 背を向けて、ユウゴは壁にかけていたジャケットを羽織った。トレーニングルームに向かう前に、何か口に入れなければなるまい。
 廊下に出て、明るい場所で振り返れば、フォアはいかにも幼子のような、頼りなげな顔をしていた。ほかのアンドロイドたちの顔に、こんな表情を見たことがあるだろうか。こんな、おぼつかないような顔を。
 それが自分のせいだという自覚はあった。
 何もこれほど人間そっくりに作ることはないだろうにと、ユウゴは嘆息を飲み込んだ。戦闘機に積むコンピュータに、おなじ性能のAIを組み込めば、それでいいのではないか。
 その問いには答えが用意されていた。繊細な人工知能が、それに耐えられないのだそうだ。人間を模してつくられた脳が、人間とあまりにかけ離れたハードウェアとの間に、齟齬を起こすのだという。強度のストレスという言葉を、彼の教官は使った。それはユウゴには、ジョークにしか聞こえなかった。
 膨大な計算を必要とする、航行管制のためのコンピュータには、擬似人格を持たせられない。そのかわりにアンドロイドを搭乗させる。だがAIだけに判断を任せることはせず、そこに人間を同行させる。まわりくどいシステム。馬鹿げた回り道。何もかも無駄ばかりだ。
 ほんのわずかな成果のために、膨大な手間隙をかけて、数え切れない無駄を重ねる。それが人類の進歩だというのなら、歴史の何もかもが壮大な茶番にほかならないように、ユウゴには思えた。だがたしかに、彼らの乗る戦闘機は、悪くない戦果を上げている……
 やがて喧騒に満ちた食堂にたどりつくと、フォアがほっとしたような顔をするのがわかった。それを見ないようにしながら、ユウゴはIDをかざして、自分のトレイを受け取った。栄養バランスの計算された食事、前後の運動量に応じた適切なカロリー管理、太陽の光を浴びない生活を補うためのビタミン。
 この食事のように、計算されつくしたプログラムをもって、アンドロイドたちも一律に教育してくれればいいのだと、ユウゴは思った。パイロットのほうがそれに合わせてふるまう。合わせきれなければ脱落する。あるいは戦場に散る。そのほうがずっと、わかりやすい。
 隅のほうの油染みたテーブルにつくと、フォアはその向かいに、行儀よく座った。
「明日は訓練待機ですよね」
 さりげなく確認するように、フォアがいう。スケジュールも毎日の指示も、フォアはユウゴを介さずとも、通信で受け取っている。だからフォアが確認しているのは、自らの記憶が合っているかどうかではなく、ユウゴがそれを覚えているかどうかのほうだ。一応は頷いてやりながら、ユウゴは皮肉に笑ったが、フォアにはその表情の意味は、わからないようだった。
 食事を摂らないフォアは、おとなしくユウゴの前に座ってじっとしている。律儀につき合うように、あるいは監視するように。そのまなざしが、自分が口に運ぶ食物のひとつひとつを所在無く追っていることに、気づかないふりをしながら、ユウゴは黙々と食べつづける。
 賑やかな食堂の中で、ひとつのテーブルだけが静まり返っている。喧騒の中の静寂。落ち着きなく身じろぎするフォアのほうが、傍目には自分よりもよほど人間らしいのではないかと、埒もないことを思って、ユウゴはふと苦笑した。
「よう。隣、いいか」
 そう声をかけてきたのは、パイロット仲間のひとりだった。隣には、パートナーのロイドを連れている。性別が設定されていないにもかかわらず、女性的に見える彼のアンドロイドの名前を、自分がまるで覚えていないことに、ユウゴは気づいた。
 彼の返答を待たず、一人と一体は同じテーブルについた。向かい合うのではなく、横にならんで掛けながら、手を繋いでいる。恋人同士もかくやというところだった。
 お人形遊び、という皮肉が、喉のぎりぎりのところまでこみあげてきたのを、ユウゴはかろうじて飲みくだした。パートナーと『仲良く』することは、むしろ推奨されている。それが戦闘の効率を上げるからだ。自分のほうが例外だという自覚はあった。
「やるじゃないか。聞いたぜ」
 にやにや笑いでそうつつかれて、ユウゴはぴくりと眉を上げた。
「何の話だ?」
「昨日の活躍さ。すっかり押すに押されぬエースだな。あやかりたいもんだ」
 賞賛する言葉の裏の、咎めるような調子にユウゴは気づいたが、そしらぬ振りをした。「どうも」
 気のない様子のユウゴに、いっとき苦笑していた同僚は、ふっと口元をひきしめて真顔になった。
「命知らずもいいけどな。きょうび人間様ひとりの命のお値段も、馬鹿にはならないんだぜ。それが戦闘機乗りならなおさらだ。無駄遣いはよせ」
 それは、嫉妬からの言葉には聞こえなかった。ユウゴはふいをつかれて、同僚のしかつめらしい顔をまじまじと見た。そしてその向こうで、彼のアンドロイドが、自分を非難がましく見ているのを。だが、ユウゴと視線が合うと、彼はすっと目をそらしてしまった。
 名前も覚えていないこのアンドロイドに、直接的に怨まれるようなことをした記憶は、ユウゴにはなかった。ならばそれは仲間への、フォアへの同情だろうか。
 同胞に感情移入するような能力が、アンドロイドにあるのだろうか。ユウゴは彼あるいは彼女からすっと目を逸らし、食べかけの食事のほうに向き直った。あるのだろう。機械の心が悲しみ、傷つくというのなら。


 非番の夜をトレーニングルームで潰しながら、ユウゴは何度となく夢の名残に後ろ髪を引かれた。ランニングマシーンの速度を上げ、考え事を振り切ろうと走っても、そうして空になった頭に滑り込むように、何度となくエリイの顔が浮かぶ。記憶の中の、いまはもう永遠に失われた笑顔が、やがてよく見知ったもうひとつの顔と重なって、ユウゴは頭を振った。
 ――あと二か月早く帰ってくれば、会えたのにな。
 いつかの日、ほとんど一年ぶりに顔を見た父親は、通信端末の向こうでうなだれて、そういった。あと二か月。発症して、三ヶ月ももたなかったと、父親は続けた。見舞いに行くたびに痩せこけていくのが、見ていられなかった。ずっとお前のことを、案じていた。
 あれから故郷には一度も戻っていない。
 そんなに似ているかと、ブライアンはいった。嫌がらせのために、自分の手でそう作ったくせに、よくも白々しいことをいうものだ。だが今日に限って友の声は、本当に戸惑っているように、ユウゴの耳に響いた。
「ユウゴ。少し、ペースが早すぎませんか」
 掛けられた声に、ユウゴは振り向かなかった。そこに恋人の面影を見つけることが、耐え難く思えて。
 それともブライアンがいうように、それほど似てはいないのだろうか。自分が勝手に、必要以上に記憶を重ねているだけで。
「ユウゴ」
 泣き出しそうな声だった。
 だからというわけでもなかったが、ユウゴは手を伸ばしてランニングマシーンを止めた。手首の端末が着信をつげていた。
 手を振ると、そこにはそっけない文字が浮かび上がる。ブライアンからのメッセージだ。時刻をみると、走りはじめてからすでに二時間は経っていた。
「戻るか」
 そう声をかけると、フォアはほっとしたように頷いて、手に持っていたタオルを差し出してきた。それを無視することに、ユウゴは失敗した。


 夜中にひとり、ユウゴは宿舎エリアを抜け出した。
 フォアは眠らせて、部屋においてきている。酒保へ向かうと、カウンター席にいたブライアンが片手を挙げた。
「よう。呼び出して悪かったな」
「いや」
 酒保はそれなりににぎわっていた。陽気にさわぐ男たちの顔は明るい。いまが戦争中だということを、思わず忘れそうなほどに。
 技師や事務官の姿が多かったが、ロイドを伴っているパイロットも、何組か見かけた。酔うことを知らないアンドロイドたちは、どういう思いで自らのパイロットの醜態を見つめているのだろうか。ふと詮無いことを思って、ユウゴは自分で自分を嗤った。
 カウンターについたユウゴが、普段は呑まない酒の銘柄を告げると、バーテンダーは片頬でにやりとして、何も聞かずにロックで寄越した。酔いたい気分なのだと、察したのだろう。
「フォアの話か」
 長々と前置きが続くのが面倒で、そう水を向けると、ブライアンは目を丸くして、それから苦笑した。
「いいや。お前の話だ」
 その言葉に、ユウゴは眉を吊り上げた。にやりと笑って、ブライアンはうそぶいた。「いいかげん、ストレスが溜まってるころだろうと思ったんでな」
 誰のせいで、といいかけた口をつぐんで、ユウゴは言葉をすり替えた。
「いつから人間の医者に商売替えしたんだ?」
 くくっと喉の奥で笑って、ブライアンはグラスを揺らした。ダブルのウイスキー。それが、ハイスクールの頃に隠れて呑んでいたものと、同じ銘柄の安酒であることに、ユウゴは気づいた。
「どんな気分なんだ、トップ・エースで問題児っていう立場は」
 どうとも、と答えて、ユウゴは酒を煽った。強いばかりで旨くもなかったが、それに文句をいう気はなかった。どのみち楽しい酒にはなりそうもない。
「ちっとは天狗にでもなってみせろよ。あいかわらず可愛げのないやつだ」
 肩をすくめて、ユウゴはぼやいた。「強いていうなら、一日も早くここを外されたいね」
「そうもいかんだろうなあ。なんせ、腕のいい戦闘機乗りは少ない」
 妙にしみじみといって、ブライアンは煙草を取り出した。それも、昔と同じだろうか。銘柄を思い出せないことに気がついて、ユウゴはふと感傷に駆られた。旨そうにぷかりと煙草の煙を吐き出して、ブライアンは目を細めた。
「なあ。お前の考えていることが、なんとなくわかるような気がするといったら、怒るか」
 ユウゴは答えなかった。
 どっと笑い声が上がった。反対側の壁際で、酔ったパイロットが椅子を蹴飛ばして転び、どうやら彼のアンドロイドがそれをたしなめている。それを見るともなしに眺めて、ユウゴが黙り込んでいると、ブライアンがふっと、疲れたような声を出した。
「パイロットを失った場合、そのあとあいつらがどうなるか、お前は本当のところを、ちゃんと知っているのか」
「記憶を消されて、つぎのパイロットにあてがわれるんだろ」
 間髪をいれずに答えると、ブライアンは唇の端を下げた。それから煙草を灰皿に押し付けて、苦々しく首を振った。
「簡単にいってくれるなよ。AIから記憶を消すっていうのは、なかなか繊細で、微妙な問題なんだぜ。コンピュータのメモリひとつ丸ごと初期化するっていうのとは、勝手が違うんだ」
 俺はソフトウェアのほうは専門家じゃないが、と断って、ブライアンはひとしきり、AIについての薀蓄を披露した。そこらのコンピュータに使われている半導体に比べると、彼らの脳に使われている回路は、何万倍も繊細なつくりをしている。もちろん軍としては、蓄積された経験が失われるのは惜しい。だから何らかの事故でパイロットだけが失われたときには、まずラボではロイドの混乱を防ぐ為に、邪魔になると思われる記憶を選んで、ひとつずつ抹消するところから始める。だが人間のそれと同じように、記憶というものは、ひとつひとつきれいに独立して存在するわけではない。必要なところだけを残し、不要なものをすっかりとりのぞくというわけにはいかないのだと、ブライアンは語った。
「いつでも、やるだけやってはみるのさ。だが使い物になる確率は、まあ、三七といったところだ。だめならあとは脳ミソひとつ、丸ごと交換するしかない。あいつらは高価だが、パイロットひとり分の命ほどではないからな」
 ユウゴは口を挟まなかった。表情を変えもしなかった。手の中のグラスを揺らしながら、氷を眺めている。そんなユウゴをひと睨みして、ブライアンはいった。
「お前はそれでいいのか」
「なんだ、情でもうつったのか」
「お前は、うつらないのか」
 ユウゴは答えなかった。ブライアンはため息をついて、呟くようにいった。
「正直、最初の頃はな。お前を恨む気持ちも、ちっとはあったさ。なんで肝心なときに、彼女のそばにいてやらなかったんだって、それくらいのことは思った。お前に何の非があるわけでもないって、わかっていてもな」
 グラスを干して、ブライアンは口元を拭った。
「なあ。俺を恨んでもいいが、フォアのことは、大事にしてやれ。あいつらは健気なもんだ。パイロットがどんな人間だろうと、忠実に愛そうとする」
 愛。ブライアンが口にしたその単語を、ユウゴは声を上げて笑い飛ばした。それは決められた回路を流れる電流のことか。保身を知らない無私の愛、あらかじめプログラミングされた誠実な愛。
 笑い止むと、ユウゴはスツールから立ち上がった。IDをかざして自分の分の勘定を済ませると、背を向ける。ブライアンの声が、背中から追いかけてきた。
「後悔するぞ、ユウゴ」
 その声は疲れきっていて、脅しというには程遠かった。それでもユウゴは一応、足を止めた。
「なあ、俺はハイスクールの頃から何をしても、お前にはかなわなかったな。いまだってそうだ。俺はお前と違って、たいした出世もしないで終わるだろう。だが少なくとも、この基地では俺が先任で、アンドロイドについては、俺のほうが専門家だ。何十組ものペアを見てきたんだ。俺のいうことを信じろよ」
 後悔するぞと、ブライアンは低く繰り返した。だがもう耳を貸さずに、ユウゴは酒保を後にした。アルコールの余韻が、尾を引くのを感じながら。


 暗い部屋に戻ると、フォアは所定の位置に収まって、低い駆動音を立てていた。明かりはつけずに、薄暗闇のなかでユウゴはその顔を見つめた。男のようでも、女のようでもない、それなのにエリイによく似た、その顔を。そうしながら、いまこいつはいったい何の夢を見ているのだろうかと、とりとめもなく考えた。
 戦闘中の夢か。それとも訓練中のことだろうか。彼らの狭い世界のことを、ユウゴは思った。基地と戦闘宙域を往復するだけの、閉じた世界。同類とそのパイロットたち、技師と、それから上官。決まりきったわずかな連中としか会うことのない日々。パイロットが休暇に入れば、その期間にラボでオーバーホールされる、それだけがただ単調な生活の中での変化。
 これは、ただ目的のためだけに作り出された道具だ。ユウゴは口の中で呟いた。より多い戦果を挙げ、パイロットを生かして連れ戻すために開発された、高価な備品。身につける装備を大切に使う者こそが、結局は生き残るのだと、いつか教官が重々しくいったその言葉が、耳の奥に蘇る。
 これはただの道具だと、ユウゴは自分に言い聞かせようとした。何十回か、あるいは何百回目かに。
 だが自分でも信じていない言葉はむなしく腹の底に落ち込むばかりで、目の前の闇に浮かぶ白い顔は、何度見てもエリイをしのばせた。


 夢の中で、何かを叫んでいた。
「……ゴ。ユウゴ!」
 自分の喉を掴んで、ユウゴは息を飲み込んだ。叫んだ声の震えが、そこにまだ残っているような気がした。
 床に横たわっていた自分に、ユウゴは気がついた。体が強ばっている。部屋はとうに明るくなっていた。
 うろたえるフォアの顔を見て、ユウゴは状況を理解した。起床時刻をとっくに過ぎてもユウゴが起こさなかったので、異常を察してスリープモードが解除されたらしい。
「……俺は、なにか寝言をいったか」
 ユウゴが問うと、フォアは迷うような顔をした。アンドロイドは嘘をつくのだろうかと、その顔を見ながら、ユウゴはぼんやりとそのことを思った。
「ええ。でも、よく聞き取れませんでした。人の名前のようにも聞こえましたけど、はっきりとは」
 そう答えて、フォアは心配そうな眼をした。どうしてそんな顔ができるんだと、ユウゴは八つ当たりのように思った。そうして次の瞬間には、衝動的にフォアの肩をつかんで引き寄せていた。人間よりもはるかに重く、冷たい体を。
「ユウゴ?」
「お前たちは……、お前は」
 こみ上げてくるままに、ユウゴは言葉を吐き出した。フォアが怯えたような顔をするのがわかっても、止められなかった。
「どうすれば満足なんだ。十年もない寿命が尽きるまで、ただ都合のいいように使われれば、それが幸せだとでもいうのか。パイロットを守って死ねば、それでいいのか。そんなことが、本当にお前の望みなのか」
 ユウゴは声を荒げこそしなかったが、痛烈な皮肉の色が、その声にはあらわになっていた。
 だがフォアは、思いもかけず毅然としたまなざしで、ユウゴの眼を見つめ返した。その視線の力強さに圧倒されて、ユウゴはとっさに視線を揺らした。
「あなたがそれを、許してくれるなら」
 迷いのない声音だった。
 まっすぐにユウゴの目を覗き込む、澄んだブルーの瞳孔は、人間のそれによく似せられてはいたが、それでもただの硝子だった。
 ――わたしが男だったらよかった。そうしたら、どこまででも一緒に行って、あなたを守るのに。
 いつか聞いたその声が耳に蘇って、ユウゴは歯を食いしばった。
 まだ二人とも学生だった。肩を震わせながら、エリイはいった。軍には女性パイロットだっているだろうけど、でもわたしがそうなっても、あなたは喜ばないでしょう。そういうエリイは、それが悔しくてならないという顔をしていた。
 ユウゴが物心ついたときには、すでに戦争は途方もないほど長い時代にわたって続いていた。軍人ばかりではなく、何度となく罪もない人々が殺された。母星で、あるいはコロニーで。故郷の惑星のすぐそばまで、敵の艦船が迫ったこともあった。十代の終わりのあの日々、まだ理想を胸に抱いていたユウゴにとって、連邦軍に入って戦うことは、故郷を守ることと同義だった。生まれ育った町を、男手ひとつで彼を育ててくれた父を、友人たちを、そして何よりエリイを。
「どうかしたんですか、ユウゴ。気分が悪いんですか」
 フォアが、不安げに覗き込んでくる。その硝子の瞳にうつりこむ、自分の情けない顔を見るに堪えず、ユウゴは目を伏せた。
 ――あなたはきっと無事に戻ってくるって、信じてる。だけどいつだって不安なの。心配なのよ。
 最後に会ったとき、そう訴えるエリイの肩を抱いて、自分はその言葉に、何と答えたのだったか。ユウゴは思い出そうとしたが、記憶は曖昧だった。何とか彼女を安心させようと、必死で言葉をつくしたような印象だけがある。
 だがユウゴは無事に帰り、そしてそこに彼女はいなかった。
「ユウゴ?」
 なあ、お前は知らないかもしれないが、人間だって、傷つくんだぜ。フォアの細いボディに、ほとんど縋るようにして、ユウゴは呻いた。みっともなく掠れた声しか出てこなかった。服の下には冷たく薄い樹脂と、硬い金属の手触り。この中に心が詰まっているなんて、嘘だろうと、ユウゴはフォアを詰った。自分が埒もないことをいっているとわかっていても、言葉は止まらなかった。なあ。心があるというのなら、それを取り出して、俺に見せてくれないか。
 後悔するぞとブライアンはいった。予言するような口ぶりで。それが確実にやってくる未来であることを、いわれずともユウゴは知っていた。明日か、明後日か、あるいは十年後か。
 フォアはただ遠慮がちに、ユウゴの肩をそっと抱き返している。どうしていいか、わからないというように。
 永遠に手に入らないものを望んでいるのが、本当はどちらなのか。知っていてユウゴはそれに目を瞑った。



(終わり)

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